なにをやらなければならないか、分からない。そんな時は

なにをやらなければならないか、分からない。そんな時は

制作について、活動について、研究について
生活の中心にそれがあるにも関わらず、それに気づいた時はだいたい、すでに自分を見失っている時ということ。
今回は作家生活を送っている人は、多く訪れるであろうその瞬間について。
キャンバスに向かうことから逃げて、結果的にアトリエに行くことからも逃げて。という経験はきっと自分だけではないはず。では一体なんでそういうことが起こりうるのか、そういった瞬間に陥った時、我々はどうすればいいのか。

 

制作ができない時

スランプに近い様なこの感覚。画家の僕に置き換えて言うならば、どうしても描けない時。キャンバスから、アトリエから逃げてしまう感覚。なぜそういうことが起こるのか、思い当たることを書き上げてみます。

「何を描くべきか」を見失っている

制作に於いて、コンセプトが大事であることということは、これまでの記事でも言及してきました。美術的価値に直結するからです。これまで悩んで苦しんで、研究を重ねてやっと磨き上げて来た、そんな作品のコンセプトですら、突然自分の目の前から消えてなくなってしまう。 それくらい自分を見失ってしまうことがあります。 そしてこれはきっと大きな変革のチャンスであることを意識してほしいなと思います。
これまでの経験から、なぜそんなことが起こってしまうのかというと、「惰性」がそれを生んでいるのではないかということ。 悩んで苦しんでいるという場面では、おそらくその渦中にいる状態では、自分の歩いていく方向を見失うことはあっても、進んでいけるんだと思います。何に悩んでいるのかをはっきりさせるためにも、悩み苦しむべきです。ただこのふとした瞬間、例えば大作を仕上げたあとだったり、大きな展示が終わったあとだったりに訪れやすい、制作モードに「帰ってこれない」感覚

もう少しこのことを噛み砕いていくと、つまりこの状態は、これまで信じていた自分に甘えているという事実に直面している状態であるかなと思います。

信じていた自分を疑うこと

この「惰性」、「甘え」というワード。つまりいつの段階からか、思考を止めて制作していたからではないかと思います。これまでに出してきた自分の答え、正しいと思っていたコンセプトや作品に対する自信、自分に対するある種の自信。そういうものにすがって、これまで通りに制作を進めていると、いつか「ただの繰り返し」つまり量産に近い、制作形態をとってしまう。そうすると、次の作品に向かう時にそのスパイラルから抜け出すという単純なことが、苦痛になってしまうんです。これは別に他人から見ての変化である必要は一切ありません。自分の内面や作品の微々たること、様々なことに神経を使って変化を常にさせていかなくてはいけないはずの制作過程なのに、惰性からの繰り返しに気づいた時、怖くなってしまう。ということがこれまでにも多々ありましたし、これはきっと共感してくださる方も多いのではないかなと思います。
そんな状況にならないために、常に足を止めて、「作品」と、「それを通した自分」に向き合って、思考を止めることなく、進んだり戻ったりを繰り返していくべきではないかなと思っています。

できるだけ苦しんで考える方向へ、自分で自分を運んで行く。

僕が制作人生において、一番大切にしていることです。
毎日制作をすることも大切ですが、同時に2週間くらい何もせずに毎日を思考で終わらしていくことも、大切なことなんじゃないかなと思っています。

 

やるぞ!と奮起したも、実際何をすればいいのかわかっていない時

僕がアメリカで、初めて日本の「アート」から、世界的な「Art」と出会い、全ての認識が変わったその瞬間から、帰国までの数ヶ月は挫折と後悔と、不甲斐ない自分への悔しさを痛感する毎日でした。そしてそこからよし、やるぞ!とようやく立ち上がった瞬間、思ったんです。「なにをやればいいんだろう」

これもきっと多くの作家の方が一度は通る道かも知れません。なにかで挫折をして、うまくいかない自分に焦って。なにか変わらなければいけない、この状況から脱しなければいけない。気力だけで立ち上がっても、状況は変わっていません。ではなにから始めれば、そんな状況から脱出できるんでしょうか。

状況分析を怠らないこと

ざっくりとした表現ですが、これができれば、もしくはできていれば道に迷うリスクはかなり減るはずです。なぜ挫折に追い込まれたのか、なぜ焦りを生んでいるのか。なぜ今の状況が自分にとってマイナスな状況なのか。果たしてマイナスなのか。自分にとって必要なことはなんなのか。
いろんなことを自分に問い正してみることが必要。その際にステレオタイプな答えだったり、常識やありふれたような、「だれかの答え」を根拠なく抱えていないかを考える必要があります。他の多くの人にとっての正解が、別にあなたにとっての正解であるとは限りません。場所、時代、文化、時間、いろんなことが違えばそれだけ答えが変わってきます。柔軟な状況判断をして、自分のだけの答えをまず探すのが大切かなと思います。

そして焦らないこと

状況判断をして、自分に必要な要素がわかったとして、次に迫ってくるのは、さらなる焦りだと思います。今自分の中身が変わったとして、明日じゃあすべて変われるかと言われればそうではありません。コンセプトをすべて考え直すことにでもなれば、それについての研究を何年もかけて、ブラッシュアップしていく必要があるでしょう。作品だってスケッチから始まって、モチーフ探しや素材や技法の研究からまた始めることになります。どれだけ焦ったって状況はすぐは変わりません。

何かの変化を求めるときは、失敗と時間の浪費を恐れないこと

作品を総バラシする勢いで、ようやく変革が訪れるのではないかなと思います。これまでの成功やたしかな感覚にすがらず、勇気を持って新しいことに挑戦すべきです。

 

具体的なプランの上に立っていない時

漠然とした、そして具体的なプランが見えてこない「こうなりたい」ではなくて、こうなるためには…という逆算からプランを立てて行きましょう。
「ドイツでアーティスト活動をしたいと思って、移住してきたんだけど、うまくいかないまま数年。どうすればいいでしょうか。今は別のことで生計を立てています。」という質問を何度かされたことがあります。そんな人に僕が問いかけたこと(青アンダーライン)を書いてみます。

『まず、どうなりたいんですか?』
『あなたが思うアーティストってどういうことなんですか?』
『あなたが思うアーティストになるためにはどうしたらなれると思いますか?』
『食べれるようになるためには、どうすればいいと思いますか?』

『作品を売るために、どうすればいいと思いますか?』
『展示をするためには?』
『ギャラリーを見つけるためにこれまでしたことは?』
『作品集は?』『ホームページは?』
『交渉ができるくらいのドイツ語、英語力は?』 

キリがないですが、これまでお会いした人の共通的な部分は、

「こうなりたい」というビジョンから、逆算した行動を起こせていない

ということが挙げられます。自分の考えが足りなかった、努力が足りなかったという感想を最後に頂くことが多かったです。

アーティスト活動に大切なことは、「作品の良し悪し」だけではないということ

もちろん90%作品がよくないと話にならないことは確か、だとは思います。僕が活動してきた中で新しく気づいたことは、作品の良し悪しは、アーティスト本人が判断することではないということです。誤解を生む言い方ですが、もちろん本人が作品の判断を行うこと、そしてそれを追うことは何よりも大事だと思っています。それと表裏一体の所にある部分で、作品の評価は自分ではない誰かが下す者だと言うことを、ここ数年の活動で学びました。コンクールでは審査員が、作品売買では購入者が。自分の評価とはまた別のところで、常に評価する人が存在します。
では結果的に何が必要なのかというと、自分がアーティストという「フリーランサー」であるということの認識です。そう考えると少しわかりやすいはず。今からあなたが他国で個人事業を起業すると考えた場合、なにが必要でしょうか。メインとなる「商品」はアーティストで言う「作品」のことです。それ以外に、国内マーケティングをして、SNSや自社サイト、いろんなものを使った「広告」、横の繋がりや、販売先となるターゲットの情報収集。どれもこう考えるとすらっと出てくることばかりですが、いざアーティストとなると、アトリエに篭ってばかりの我々にとって難しいことばかり。

そして逆算からの起業計画書を作る

起業するとなれば、必要なのが当然の起業計画書。アーティストにだって必要なことです。今、上記に挙げた理由などで、制作も困難になってしまっている状況の方は、計画書がない方が多いのではないかなと思います。まずは1年分。毎月に分けて、できれば目標からの逆算をして作ってみませんか? 今自分はどこに向かいたいのか。そのためになにが必要なのか、なにが足りないのか。そしてそれを獲得するためにはどうすればいいのか。助成金などの申請をしていると、こういったものを書くことが非常に多くなるのですが、やってみてほしいなと思います。それができたら3年後、5年後、10年後。自分がどうなりたいか、またはどうあるべきか。逆算をしながら目標に向けての計画を立てていきます。それもできれば細かく。
もし達成できなかった場合は、なにがいけなかったのか。来月からはどうすれば達成するのか。リスケジュールを常に行なっていきましょう。年始に書いたぼんやりとした目標の話ではなく、これは計画書です。

僕は毎年の計画書作成をドイツにきてからずっと続けています。5年後計画は20歳の頃から。それが「ドイツの美大に入学&卒業して、長期的にアーティスト活動をドイツでさらに卒業後も視野にいれて行うこと。」でした。その為に必要だったキーワードは、ドイツ語力学生の期間中に作家としての地位を上げることの二つでした。他の留学生に比べて、語学学校に通っていた期間は1年長かったはずです。そして学生(大学院生)の今、EU内でギャラリー契約を4つ、3年前から自立出来るようになりました。
また、作品についての計画も記述しています。技法の研究とコンセプトについての研究の2方向です。技法については、「コンセプトを表現でき得る技法を確立すること」。そしてコンセプトについては、すでに持っていたものに「新しい要素を2つ加え、深化させること」でした。技法については、「乖離的多重空間遠近法」と名前をつけたものを研究成果として発表できるようになりました。コンセプトについては、美術史が中心だったものに加えて、「哲学、美学、心理学」を大学の講義で4年。そして脳科学を現在勉強中です。

作品集を作って、いろんなギャラリーに送ったり、メールを送ったり。キャリーバッグに作品を詰めていろんな街のギャラリーを回ったり。むちゃくちゃなことも、若気の勢いでやってみたりもしました。いろんなところに道を逸れたこともありましたが、計画を立てて、指針を常に持って活動することは、とても大事だったんだなと、振り返ってみて思います。今後の計画もすでに少しずつ進行中です。新しいチャレンジに向けて進んで行っている最中です。

 

今回は自分のスランプに陥っていた経験から、なぜそうだったのか。という分析。そしてじゃあそのあとどうすればいいのか、ということを考えてみました。
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