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アーティストステーメントの書き方!

アーティストステーメントの書き方!

アーティストステートメントの書き方講座?というか、失敗系のステートメントをよく見かけるので、そこを指摘しつつ良いものにしていきましょう!
自分のステートメントがいかにも立派かのような記事になりますが、完全なポジショニングトークなので気にせず行っちゃいましょう。
前回の記事の②番に該当する作家の方々には、もしかしたらアーティストステートメントはそもそも必要ないのかも知れません。思ったもの、感じたものを制作するのであれば、別にコンセプトは必要ないかも知れないからです。ですので今回は①番に該当している、現代美術に必要なステートメントの話をしていきますね。

アーティストステートメントってそもそも何のこと?

よく耳にするアーティストステートメント(Artist statement 以下AS)ですが、一体どういったものを指すのでしょうか。
わかりやすくいうと、作家が制作している作品群に共通したコンセプトの概要のことを指します。作家活動には必要不可欠なもので、なければ話にならないし、ない人なんて作家と呼ばれません。それくらい重要なものだと思ってください。
今回の記事で重要な部分は、この“作品群に共通したコンセプト”という部分です。この部分を理解できていないステートメントが多いわけです。
人生をかけて研究を重ねて、内容の部分と、外側の部分を極めていくのが作家人生なわけですので、一貫したコンセプトが重要なわけです。つまり内容が薄かったり、作品毎に内容が変わったりしている作品は、相対的に見て前者よりも深みが足らないことになるのは言うまでもないでしょう。ですので、その作品ひとつひとつのテーマの解説ではなく、全ての作品に共通する、あなたが制作しているものすべてに共通するコンセプトについての記述文が、アーティストステートメントということになります。

この”作品群に共通したコンセプト“を理解できていない人の文章は、代わりに作品のテーマ解説をしていることが多々あります。これは似たようで全く違うものです。モチーフの解説をしたいのであればそれはコンセプト文と分けて書いた方が良いと思います。

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少し脱線しますが、現代の作家活動には、自分の作品とステートメントや経歴が見れるホームページが絶対に必要です。無料のHPサービスで十分ですので、(私は有料版wix.comで作っています)持っていない人は、今すぐ用意すべきです。できれば英語も同時に用意しましょう。GoogletranslatorよりもDeepLtranslatorが圧倒的にオススメです。できるだけ文法的に丁寧な日本語を書いて自動翻訳してもらえば、Google翻訳よりもかなり自然な英語が出てきます。ですので、不自然でも別に意味は通じるので、英語が用意されていない人は、経歴とステートメントは英語を用意しましょう。
……

 

コンセプトとテーマの違い

(*ここでは言葉の意味を精査しているわけではないので、実際の言葉の意味の差を言及しているわけはありません。)
わかりやすく言語化してみます。

コンセプト(concept)

言葉の意味は「概念」ですが、デザイン・アート業界等でよく使われるワードです。私がここで言うコンセプトというのは「自分の作品の学術的な価値を言語化したもの」です。”学術的”という言葉をこのブログではよく使いますが、私が意図しているのは、個人的な主観や感情文ではなく、美術史やその他の学問の分野の中で、説得力のある、そして意味・価値があるということを裏付けられるかどうかということです。
自分の作品が、どういった意味を持つのか。この作品が何を持ってして、何を表現しているのかということを重点的に言語化されているものです。例えば美大で書くことになる卒業論文とかっていうのは、このコンセプトに纏わる研究をまとめたものであるべきかなと思います。

テーマ(theme)

これは、上のものとは打って変わって、作家が何を描いたかの説明です。ですので美術的・学術的がどうとかは関係なく、どういう思いで描いたとか、何を描いたとか。個人的な感情や思い入れとかを書けばよいものです。そして一貫性のあるものではなくて、作品ごとの被写体に纏わることなんかも含めて結構です。モチーフの概要になりすぎないように、作品にこういった思い入れがあるよ、という説明文に近いと思います。

例えばわかりやすいのがシャガールです。「愛の画家」と称されるシャガールは、色彩とキュビズム的な絵画で、奥さんへの「愛」をテーマに多くの作品を残しました。奥さんが死亡してしまうことで制作をやめてしまう時期がありましたが、それでも立ち直って98歳まで様々な制作を成し遂げた画家です。
当時では独特な色彩とキュビズム的な画面構成など、この部分を細かく論述すればこれは彼の作品のコンセプトの部分になります。画面構成について美術史的なアプローチでコンセプト文を書けるでしょう。一方で作品テーマは「愛」でしたので、彼がどういう思いで、モチーフをどのように表現しようとしたか、という部分を記述すれば、それはテーマ解説になります。

どっちがいいとかそういうことじゃなくて、アート業界で必要な場面(講評とか審査とか)で、ASを求めているのに、テーマ文が来ると「で、ASはどこ?????」ってなってしまうというだけです。

間違っている
アーティストステートメント

よく見かける間違っているASを挙げてみます。間違っているものの多くは、上のテーマとコンセプトの違いを理解できていないことがメインの理由です。
何と言っても多いのが、ポエム調。ASというかまあテーマ解説がメインなのですが…

よし、今適当に書いてみる。

森の中には、独特な空間が広がっている。
木々が入り乱れ、木漏れ日が差し込み、朝露で光が反射している。そんな森の中の空間は、日常から切り離され独特の世界観を有している。
私の心の中にも、同じような世界が広がっていると言って良い。日々の生活の中で生まれる様々な感情は入り乱れ、時には静まり返ったその世界に、時折光が差し込むのだ。
日々の葛藤と苦悩、困難の人生のように、森の中は決して平の道はなく、大小異なる木々の障害物に溢れている。

「ありそーーーー!!!!」
小説の冒頭かな?というようなもの。作品のモチーフの「森」と「世界観」と、「自分の感情」を絡ませてる系です。
絵の中に描かれているモチーフを、転換して”エモい”感じにするのをよく見かけますね。元を正せば「よく見かける」っていう現象が起こってしまった時点で新しいものではないので、現代アートではないですね。

何が日本人っぽいかなと言うと、「共感性」を非常に求めていることが挙げられます。特に最後の文の、「曲がりくねった道と木々の障害物感が、人生を表している」という辺り。アートっぽい感受性!と評価されるかも知れませんが、この「不可視のものを、モチーフに置き換えて表現する」というのはアジア圏に多い作品な気がしています。そしてそれをコンセプト文として解説しているケースです。
(脱線しますが、この共感性を求めるスタイルはある意味危険です。これはこれはグローバル化が遅い日本だから生まれる考え方の一つで、例えば「人生が曲がりくねった道」というフレーズは日本でよく耳にするので当たり前のように聞こえるけれど、違う文化では「人生はまっすぐな道」と表現されているかも知れません。そうなると作品のメインだった”共感性”が失われてしまうわけですので、視野を広げて考える必要があるように思います。)

上にも挙げた通り、これは全く学術的な、もしくは美術的な観点での解説がひとつもなされていません。自分の作品がこれまでの美術の歴史においてどういった価値を有しているのかという点が一切なく、作品に何が描かれているかという表面的な部分の「解説」しかなされていないことがわかります。

そもそもを言うと、感情など不可視のものを画面に反映させていく形態は、表現主義の時代に見られたものです。「日本の多くの芸術作品は、未だに表現主義の時代で止まっている」という表現の記事をよく見かけますが、そのとおりかなと思う作品が多いのが実態です。なので自分の作品がどのように表現主義のものと違うのか、もしくは同じ中で、どのくらいの新しい価値を付随させているのかということを知りたいなと思います。ASを見る時には、そういう部分を求められ・見られていると思った方が良いと思います。そんな中、ポエムを見せられると、「で?」となってしまうのは理解できるかなと思います。

 

アーティストステートメントの重要性について

ASの重要性は2つあります。1つはそもそもの作品のコンセプトを洗練・言語化するという作業を行うことで、作品をより良いものしていけるということです。これまでにも何度も触れてきましたが、”美術”というものは学問のひとつです。そしてそれは研究されて、学術的価値を持っている必要があります。「見た目がいいもの、綺麗なもの、上手な絵」は美術ではないのか?と聞かれれば違うとは言えません。ただ、それを「新しい美術の価値」として認めていた時代が過去にあっただけという事実を無視してはいけません。作品の模倣はタブーとされている世界なわけですから、つまり過去に存在した美術的価値を今この時代に追い求めても、作品の価値は上がらない。ということをこのブログでは伝えてきました。なのでその類のものを、芸術と呼ぶのか、美術と呼ぶのかは違う話になるので、ここではもう現代美術としての価値として、分け切って考えて見ましょう。
つまり現代美術というのは新しい美術的価値を追い求め行くものです。なので自分の作品の「どんな部分が新しい価値になっているのか」ということを示す必要があります。それを言語化したものがASです。今、もしあなたがこの意味に則っている作品コンセプト、そしてASを持っていないのであれば、裏を返せばあなたの作品は現代美術作品としての評価を受けられません。なのでいろんな本を読んで、過去の作家たち、現代の有名な作家たちのASを読んで、なにがASで、なにがテーマ文なのかをもう一度理解し直してみてください。
ASを書きあげるのは非常に大変な作業だと思います。何年もかかるものだと思ってください。こんな偉そうに話している私もASをまだまだ書き直しているし、研究をまだ続けている最中です。ですので、洗練されて行く作業は果てしなく続いて行くものなので、今可能な限りのベストをそこに書き記せば良いと思います。それでも数ヶ月はかかるものだと思います。

 

2つ目に入っていきますが、ASは多く使用されるものです。コンクールやAIRの応募とか、助成金の応募とか、ギャラリー展示でも配布や壁に貼られたりもするものです。ですのでだいたいA4用紙一枚分くらいの内容であるのが良いと思います。短くするのが大変なので別に長いバージョンも用意しておけばいいのですが、とにかくA4のボリューム、場合によってはその半分くらいのショートバージョンも必要です。この”短くまとめる”という作業がなによりも大変なので、時間がかかってしまいます。
話を戻しますが、ASは作家活動に欠かせないその理由は、応募に絶対必要だからです。つまり作品の審査・評価を受ける際には、作品そのもののクオリティと同じくらい必要なものなんです。以前の記事でも出てきましたが、「作品が語るもので、作家が語るべきではない」っていう日本の風習がありますが、それは日本の”感情の共感性” を求めた表現主義もしくは印象主義的な作品をずっと作り続けて来ているから出て来る発想だと思います。現代美術ではそうではないので混ぜないようにしましょう。
特にインターナショナルな応募だと、数百、数千の応募の中、審査を早めるために手早い審査になります。オンライン応募も今や主流なので、ASと作品をパッと照らし合わせて、この作家が「研究をしている作家なのか」どうかをまず見られると思ってください。ASの時点で「は?何言ってんのこいつ?」ってなったら作品を見てもらえないこともあるということです。

 

アーティストステートメントを洗練させることで
作品そのものを良くしていく

もっとなにか有用なことを書ければ良いなと思ったんですが、
こう書くと良いよ!って言う部分をあまりうまく伝えられませんでした。これはダメだよ!はすぐ言えるんですが…

・テーマを解説する文章にならないこと
・作品のテクニックの説明になりすぎないこと
・自分の作品のどう言った部分が、現代美術としての新しい価値になりうるのか、ということを主張すること

この辺りを重点的に考えていくと、説得力もあるし、価値のあるASになるのではないかなと思います。研究を続けて、ASをいわゆる「研究概要」として洗練させていくと、同時に作品のコンセプトを磨かれて行くので、作品が深化していくことに繋がっていくと思います。個人的な意見ですが、この研究→作品という循環スタイルが一番現代美術にあるべき姿だと思います。技法や自分の感覚や感情に従ってやりたいことを先にやる→ASを書く という人もいますが、大切なのは作品の中身の部分です。ですので作品の中身を練っていくこと、研究をすることで、おのずと作品へのアウトプットの部分が良くなっていくはずです。
私も制作に行き詰まってしまったときは、制作を休んで図書館に篭ることが多いです。自分が何をしたかったのかということを、こんなにも考えているのに見失う時は一瞬です。ですのでもう一度、一から全部解き直して、何がしたいのか、何をするべきなのかということを再思考することが、良い作品を作っていくための正しい手順なのではないかなと思います。

なにか参考になったら、シェア等よろしくお願いします:)

Masaki Hagino
Web: http://masakihagino.com
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