美大に通わないとダメなのか

美大に通わないとダメなのか

今回も最近よく頂く質問への考察という形で、返答させて頂きます。

アーティストになるためにとか、有名になるためにはとか、成功するためにはとか、いい作品を作れるようになるためには
美大芸大を卒業しなければいけないのか?という疑問。
最初の3項目は前提というか基礎知識で、4項目目からが本題なので、長いと思った方は少し飛ばしてください。

まず始めに
どうしてそんな疑問が生まれるのか

美大に関しての疑問や、例えば学歴コンプレックスとかからの嫉妬など、いろんなところで耳にします。美大に行っている人、行った人は逆にコンプレックスが生まれたりします。主にはおそらく多摩美・武蔵美・藝大などに向けられる感覚でしょう。それはちょっと置いておいて、今回は知名度やレベルを考えずに、美大に通ったのか、BA・MA(学士、修士)を持っているのかどうかということにフォーカスを当てようと思います。
美大に通えなかった人、または通わなかった人からの感覚では、「美大に通いたかったけれど、通えなかった。」という感情があると思います。理由はいくつかあると思います。資金的な面だったり、年齢的な面も。(歳を重ねた今現在、作家活動に興味があるけれど、高校受験の年頃にはそう思わなかった、とか)または受験に失敗したとか、才能がないと思って諦めたとか、浪人できなかったとか。きっといろいろな理由があると思います。

美大受験の
ハードルの高さ

とりあえず日本の美大だけをについてを視野に入れて話を進めますね。日本の美大受験は、結構ハードルが高いです。基本的には実技試験なんですが、デッサンや、粘土などの造形、学科にもよると思いますが、色面構成やポスター制作などがあります。難易度は上に挙げたような有名美大だと5浪した人とかも結構いたりするほど。美研などといった実技入試用の予備校も数多く存在します。
特にデッサン力はかなり求められると思います。ドイツ美大でも思いましたが日本人留学生のデッサン力は、世界的に見ても結構すごいと思います。韓国人留学生も総じて上手だった印象。どのタイプの試験でも、かなりの力が必要です。大学によって対策もしなければならないので、例えばネットでよく見かけるような「絵師」と呼ばれるような、CGでイラストを描かれているような方々が持っているようなスキルとは、全く別のスキルと知識が求められます。

あと、もうひとつ言うと、美大でイラストなどを学ぼうと思っている人も多く見かけますが、基本的にはそういったことはたぶんどの美大では学びません。ですが美大生で、イラスト系のことをやっている人は結構います。たぶんそういうギャップを辛いと感じながら学生生活を過ごしているのではないかなと思います。専門学校の方が学びたいことは多く学べるのかなという印象です。

美大で何を学ぶのか
どういったことが学べるのか

これは美大によって、学科によって大きく変わるので、まとめることはできないんです。大学のレベルによっても違うし、私が日本の美大での教育に疑問を持っているのもたしかです。(学問的ではなく技術的すぎるとか) 美大には大きく分けて2種類の学科あって、デザイン系美術系です。
デザイン系は大きく分けると
グラフィックデザイン = 基本的には2Dのもの。広告、WEB、パッケージデザインなど。
プロダクトデザイン = 基本的には3Dのもの。電化製品、車、文具、医療とか様々
建築デザイン(アーバン、エクステリア、インテリア) = 建物や都市開発など。
などの学科があります。他には音響とか、ファッションなど多岐に渡ります。

美術系は
洋画・日本画・彫刻・陶芸・インスタレーションなどなど。1、2年は基本的にそれぞれの基礎知識や技法を学んだりする授業や、デッサンなどの基礎授業が多かったりすると思います。

実技系の他に、座学もあります。それぞれの学科に対して、歴史(美術史、デザイン史)と、理論(デザイン論、色彩論)などがいろいろ。ただ海外の美大に比べると日本の美大はこの座学の量が圧倒的に少ないし、大学側も学生側も不真面目というか力を入れていないのが現状です。

いろんな技法や知識が学べるよ!っていうのはもちろん大学なので当然です。なので大学にレベルがあって、それに対して今度は学歴コンプレックスが生まれたりします。

ここまでが話の前提というか、美大にまつわる基礎知識の部分だと思ってください。
次からがちょっと掘り下げた話。

美大生が
美大で経験すること

ここからが、あまり世間では語られていない美大の中ででしか経験できないことの話。
まず1つ目として挙げることは、美大に入るということは多くの仲間の中に入るということです。不思議なことにどの美大でも同じなんですが、美大の中は小さな村みたいになっています。1年生から4年生までみんな顔見知りだったりして、ニックネームで呼び合って本名知らないとか。みんな作業後の常にきったない格好してワイワイしているような場所だったりします。仲間と一緒に進んでいくということはとても楽しい。学祭とかで作品の準備したり、課題提出前にみんなで徹夜したりとか。友人たちとグループ展を企画したり。カリスマ性に溢れた憧れの先輩がいたり。

その楽しい一方で、リタイヤ組もたくさんいます。周りの才能と自分を比べて。やりたいことがうまくできなくて。教授から講評でボロボロに泣かされたり。精神を病む人も多く、自主退学する人も多くいるし、自殺する人も少なからずいます。

なぜそんなことが起こるかといえば、とても近い関係の村人すべてが、仲間であると同時にライバルであるからです。常に悔しさと戦う日々だったりします。もどかしい毎日が続いたりします。いい作品が作れなくて悩む一方、横ではいい作品作ってる同学年の友達がいる。下の学生がいい作品作ってる、先輩がすごい賞を取ってるとか。さらに教授にはボロボロに言われたりして、悩んで制作できないと、周りからはサボってると思われてしまう。劣等感や嫉妬の渦に飲み込まれたりするのは結構あることです。
すごく辛いとは思うのですが、逆にこれは美大に通っていないとできない経験かなと思います。美大の中はすごい身近な存在で出来上がっているからこそ、それが余計な感情を生みます。そしてその感情を糧にして頑張っていくことができることが、美大に通っている人のメリットかなと思います。この苦悩は、孤独な制作人生を乗り越える際に糧になると思います。そういうトレーニングというか道場的な場所は、個人では経験できません。

2つ目は指標や目標について。大学の教授や、友人たちへの嫉妬とかでもいいし、提出期限などです。大学に在学中はいろんなスケジュールに終われます。課題が山ほどあって、徹夜しても物理的に間に合わないとか、アルバイトしないと画材買えないのでバイトもいかなきゃいけないし。学祭とかグループ展とかの期限などの時間的な圧迫があります。課題でいい点取りたい、教授に認められたい。周りよりもいい作品作りたい。誰よりも頑張りたいとか。そういう心理的な目標、時間的な目標というのは貴重です。これは卒業しちゃうとなくなってしまうことが多いもので、美大に通っていない人はもとより少ないものだと思います。

3つ目は恵まれた設備環境と時間かなと思います。美大では様々な機械を使うことができますし、技法に必要な機械の使い方から全部学べます。新しい自分だけの技法を手に入れることも、一つの美術的価値なので、美大に通っていない人よりもはるかに有利な環境です。例えば大きなシルクスクリーン機械とかは個人では使えないので。大きなアトリエがあって大き作品が作れるということだけでもメリットだと思います。またこれは一般的に大学生が20代前半ということもあって、失敗できる時間がふんだんにあるということ。生活や将来がかかっていなくて、売れることだけにフォーカスしなくれもよい時間というのは限られています。ガンガン挑戦して失敗しまくれるのは貴重なことです。

4つ目は教授と仲間からの講評です。自分の作品をこうした方がいいんじゃないか、自分はこう思うという、第三者からの意見をもらえることは本当に貴重です。(講評については次の記事でまとめます)自分よりも優れた人が教授なわけなので、優れた人からのアドバイスがなによりも大学に通うことのメリットです。技法や座学を学ぶことは、言ってしまえば独学でも可能ですが、自分よりも優れた人からのアドバイスは本当に貴重なんです。時には私のように人生を変えてくれるような教授たちに出会うかも知れません。

美大に通った人は
優れているのか

もちろん全員が全員、優れているのかと問われると全然そんなことないと思います。モチベーションが高い状態で学生生活を過ごしている人は、どの大学でも半分よりも少ないと思います。大学のレベルが低ければ、作品のレベルも、モチベーション自体も、有名大学のそれとはそもそものラインが違うかも、知れません。
ただそのモチベーションを保って頑張った人は、上記のことを経験している人たちです。だからと言って優れているのかと言う話ではないですが、逆にある程度有名なアーティストで美大を出ていない人を、私はあまり知りません。(*別に大学という名前にこだわっているわけではないので、この場合は同じようなことが経験できるような場所があれば除外しています。(そういうグループとか、AIRとか)イラストレーターとか、デザイナーとか、そういう方はたくさんいるけれど、「ちゃんとした意味でのアーティスト」で、という意味です。)
ただ美大を出ているということは、もれなく全員、高校生活(もしくは浪人中)に受験のために基礎を積んで、大学の中で精神的葛藤を乗り越えて、技法と知識を学んで、多くの経験をしてきているということ。
ですがこのことが、作品の良さに必ず反映されているのかということは、少し別の話ですね。更に言えば、その後の作家活動のうまさとかは大学では学ばないでしょう。

美大を出ることの
別のメリット

最後に少し違う話の美大を出ること、つまりBA・MAを取得することへのメリットを。一つは当然のことですが、学歴が手に入るということです。良いか悪いかの話ではないのですが、まだまだ学歴社会の日本は、経歴に有名美大の名前があるだけで有利だと思います。教授の力とかコネとかもあるので、助成金や賞レースなどにも多少の影響はあると思います。(実際に審査員を務めるような人からの話も聞いたことがあります)大きな影響はないとはしても。ただ、このことを僻み妬むのは間違いだと思います。例えば有名美大に合格するのに5浪した人だっています。とんでもない努力と精神力だと思います。高校卒業後、私立美大の学費を自分で稼いでから、受験した人の話も聞いたことがあります。学歴コンプレックスがあるのはわかりますが、それは努力した人と比べた結果、自分の努力が足りなかっただけのことです。努力をした人が、その後の人生で有利になるのは当然だと思うわけです。

そして、世界的認識でも独学のアーティストよりも、学歴を持っているアーティストの方が優れているという認識があります。(実際がどうとか、例外がどうとかではなく、相対的に当然な話)なので、助成金、奨学金、コンクールなどの賞レースには、応募条件の段階で「BA・MAを持っている人(美大を卒業した人)」という条件がある場合が結構あります。インターナショナルなコンクールだと、世界中から何千の応募があったりします。審査する側も大変なので、足切りとしてこの条件を敷いている場所が多いです。むしろ有名なところ、賞金が大きいようなところはほぼこうなっています。(さらには教授からの推薦状が必要だったりするので、教授が有名じゃないと勝てないとかもある)

なんでかと言えば、助成金や奨学金やコンクールは、ぶっちゃけて言えば、お金がないアーティストを支援するためのものではなく、将来有望なアーティストを支援するためのものです。すでに順調に有名になっている人(お金すでに持ってるでしょ?!みたいな人)が助成金なんかを受け取っているのは、そういうことです。ですので経歴として美大卒があるということは、10代の頃から夢に向かって頑張っている人ということの裏付けにもなるため、将来性を期待される可能性があがるわけです。(例えば副業で作家を最近始めたような作家とかに比べてという意味)なので他にも活動歴が多い方がそういうアピールに繋がりますね。

長くなってしまいましたが、美大について少しまとめてみました。
これを通して、美大を卒業してないとやってけないよ?ってことが言いたいわけでは全くありません。もしこれを美大を出ていない人が見てくれているのであれば、敵の強みを知れたと思って欲しいなと思って書き始めました。ハードルは高いかも知れないけれど、別に全然超えられない敵(美大卒という肩書き)ではないと思います。逆に美大の中で、偏った価値観や技法感覚とかを学んでしまうというデメリットもあると思います。作家として大切なのは、作品の良し悪しは前提ですが、フリーランサーとしての作家活動のうまさなんかも必要です。

言葉を選ばずに言えば
「自分で何かを作って、そこそこ有名になってお金稼ぐ」のが目標なら、美大浪人なんて時間の無駄なので、自分でどんどん作品を作って発表すべきです。美大に通わなくても今の時代なら、SNSをうまく使ってなんとでもなると思います。
ただそういう「クリエイティブな何か」ではなくて、このブログでよくいう「学問的な正しい意味でのアーティストになりたい」ということであれば、絶対に美大に通うべきです。それは独学では学べないことで、目指す世界のハードルが少し別のところに存在するからです。この世界でなにが正しくてなにが評価される対象になるのか、という答えは道端に転がっていないからです。その答えを知っている人が教授であるべきなんですが、どの大学も必ずそんな教授がいるかと言えば、そうではないと思います。なので美大を選ぶこと、教授を選ぶことは大切だと思います。もっと言えば日本よりも欧米の美大の方が良いと思います。これは経験談。

きっといろんな方面から批難を受けそうな書き方をしましたが、言わんとしていることが伝わると良いなと思います。