制作活動に悩むすべての若者へ

制作活動に悩むすべての若者へ

最近はアートってなんなんだろうみたいな記事が続いていたので、今回は少しベクトルを変えて。
自分の経験も含めて、今回は今まさに悩んでいるあなたへメッセージを。そして僕の人生を変えた一冊の本を紹介します。


僕は今年で35歳になりますが、つい最近まで大学院生(Diploma)でした。作家としてなんとか食べていけるようになって、作家として色々なことを経験して、学んできたドイツでの学生生活でした。日本から考えると15年近く学生みたいなことをやっていましたが、それなりに挫折やなんかを繰り返して、やめようと思ったこともたくさんあったし、精神を壊して病院に通ったこともありました。単身渡独して目標を追いかけていく中で、辛いこともたくさんあったけれど、自分と向き合うことを繰り返して、いろんなことを乗り越えてきたように思います。
今回は、そんな僕から、今悩んでいる若い年代の方々に向けて何か力になれるといいなと思って、文章を書いています。


僕が今Artistとしての人生を歩いていけている(恐れ多いけれどまぁ仮定として)その大きなきっかけをくれた人は三人います。一人は日本の大学時代の頃の教授のRYOZOと、アメリカ留学時代の教授Lonnie、そしてRyozoの古くからの知人でアメリカの詩人であるRichardです。

Richardとは彼がRyozoを訪ねて日本に訪れた時に、少しだけ観光のお手伝いをしたり、彼の講義を聞いたり、そしてそれから少しメールのやり取りをしていました。彼の詩の作品を授業で取り扱っていたりもしました。

僕の人生を変えるようなきっかけをくれた三人には、泣き言を言ったり、悩みを聞いてもらったり、ダメダメだった自分のありのままをぶつけていたように思います。そして彼らは画家、写真家、詩人と別のジャンルではあったけれど紛れもない尊敬するArtistでした。そしてそれぞれ別のジャンルなのにもかかわらず、彼らが口にする言葉はどこか「共通点」がありました。その共用言語になっているようなそんな知識や経験を、当時の僕は何も理解することができなかったことが、とても悔しく思います。ただやはり心の中にはしっかり残っていて、一語一句思い出せることも多く、artistに片足突っ込んだ現在ようやく彼らがあの時言っていた言葉の意味を、なんとなくわかるような気がしています。

三人はそれぞれ、時期が違ったけれど、悩んで挫けて、ボロボロになってた当時の僕に「考えること」を教えてくれたように思います。決して答えを直接教えてくれたことはなかったけれど、何よりもまず初めに質問を投げかけてくれました。

「なぜそう思うんだ」
「なぜそうしたのか」
「なぜartistになりたいのか」
「artistになって何をしたいのか」


キリがないほどの数の質問をされたように思います。僕が絞り出した答えを差し出しても、そのあとにまた「なぜそう思ったのか?」ということを聞かれました。僕はこれまで何も考えてこなかったんだな、口に出したこと全部誰かが出した答えを、常識やありきたりな答えを信じていて、それが正しいかどうかを咀嚼したこともなかったし、それを自分が出したかのような錯覚を起こしていたんだなということに気づかされました。

Richardと出会って、連絡を取るようになった頃は21,2歳くらいの時でした。アメリカ留学から帰ってきてartの道に進むことを決意した頃。そしてドイツに行こうかどうか迷っているようなそんな頃。当時の僕はデザイン系だったのもあって周りが就職活動をやっていたり、人生の進み方を決めつつあるような時期。
そんな中、僕はドイツでさらに7年計画で学生をやるつもりで、そのままドイツでartistとしてやっていけるかどうかなんてことを考えていました。
やっぱり若者っぽい苦悩とか葛藤みたいなものがあって、本当にそれでいいのかとか、自分が本当にそんなことやっていけるのか、作品のレベルは足りるのかとか。

そんな悩みをRichardにメールでしていたところ。彼は一冊の本を紹介してくれました。確か出版社にも勤めていたはずで、詩人ということで文学に長けている彼の印象もあって、僕は何もわからないままその本を買って読んでみることにしました。


その本はRainer Maria Rilke(1875- 1926)の『Letters to a Young Poet』でした。日本語ではリルケの『若き詩人への手紙』です。(日本のAmazonでも、日本語版が売ってました。こちら

なんか昔この日本語版を読んだ気がするけれど、日本語訳がめちゃめちゃ恭しくて、読みにくいので少し注意。英語か、ドイツ語の原文で読むほうがいいかも知れません。(ドイツ語にはSie/Duという尊敬語がはっきり存在していて、それに適応して動詞の活用とかも変わります。そういう理由で日本語訳がとても恭しくなってしまっています)

当時既に知名度があったリルケに対して、若き詩人志望のカプスという青年が相談の手紙を書きます。そしてその悩み相談の返事として綴ったリルケの言葉の数々がまとめられているそんな本です。

リルケのカプスへ宛てた手紙の中の言葉の数々は、世界中のアーティストだけならず偉人にも今も影響を与えていて、マリリン・モンローもインタビューでは「リルケの『若き詩人への手紙』を」読んでいなかったら、頭が狂っていただろう」と答えていた話や、レディーガガもこの手紙の一節をタトゥーにしていたりという話は有名ですね。

手紙の中の有名な部分を。

あなたはご自分の詩がいいかどうかをお尋ねになる。あなたは私にお尋ねになる。前には他の人にお尋ねになった。あなたは雑誌に詩をお送りになる。ほかの詩と比べてごらんになる、そしてどこかの編集部があなたの試作を返してきたからといって、自身をぐらつかせる。では私がお願いしましょう。そんなことは一切おやめなさい。
あなたは外へ眼を向けていらっしゃる。だが、何よりも今、あなたのなさってはいけないことがそれなのです。
誰もあなたに助言したり手助けしたりすることはできません。誰も。
ただひとつの手段があるきりです。自らの内にお入りなさい。
あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐってください。それがあなたの心の最も深いところに根を張っているかどうかを調べてごらんなさい。もしもあなたが書くことを止めたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白してください。
何よりもまず、あなたの夜の最も静かな時刻に自分自身に尋ねてごらんなさい。私は書かねばならないかと。深い答えを求めて自己の内へ内へと掘り下げてごらんなさい。

Rainer Maria Rilke(1875- 1926)『Letters to a Young Poet』


恭しい日本語なので、ちょっと意味がわかりにくいんですが、少しまとめると、

・自分の作品がいいかどうかの評価を、相手に委ねているということをやめるべきだ。
・自分の深いところに入って、自分の答えを探すこと。
・そして自分が「制作をしなければいけない」と思う根拠、その根源がどこにあるのかを探ること。
・一度「制作をしないと生きていないか」ということを自分に問いかけてみること。

という部分。僕は当時まさにこのことを三人に問いかけられていました。「制作をしないと息ができないと思うのか?」とLonnieにも聞かれたし、「お前の作品がいいかどうかなんて俺に聞くな」とRyozoにこっぴどく怒られた。

自分の作品は現時点で評価を得られるようなものではなかったし、そんなんでやっていけるのか、どうやったらいいもっといい作品を作れるんだろうか。作家が生涯向き合っていかなきゃいけない当然の苦悩に、果てのないartの道のスタートラインに立とうとしたその時に既に打ちのめされていました。


このリルケの『若き詩人への手紙』は、あの映画『Sister’s act 2 – 天使にラブソングを2』でも、ウーピー・ゴールドバーグが、ちょっと問題児だった女生徒リタ(ローリン・ヒル)に本を渡すシーンにも登場します。

作家を目指していた人が、ある日リルケに手紙を出したの。
「作家になりたいから、自分の作品を読んで欲しい」って。
その手紙にリルケはこう答えたの。
「そんなことを私に聞くな。もし朝目が覚めて、あなたが物語を書くことしか考えられないなら、あなたは作家だ」
あなたにも同じ言葉を贈るわ。朝目が覚めて、歌うことしか考えられないなら、あなたは歌手になるべきよ。

Sister’s act 2




ここからは僕が、これを読んでくれている若者へ贈る言葉。

あなたは今、何に悩んでいますか?
作家としてアーティストとしてartistとして、もしくは別の何かになろうとして。
答えはきっと「自分の中にあること」が多いはずです。他人に共感を求めるだけの相談ならやめた方がいい。
よくあるありきたりな答えを、自分が出した答えだと誤解するのももうやめだ。
自分の中に深く深く潜ることが大切だとリルケは言います。

そして自分の中に足りないものにも気づくでしょう。それが経験なのか技術なのか、知識なのか。
今自分ができることの数を数えて自信を持つのではなくて、
自分にとって必要な、今できないことがあと何個あるのかを数えることに時間を使うべきです。

頑張って自分で絞り出した答えにすがるのも良くないかも知れない。まだ早い。それを今は信じることは大切だけれど、過信するのは良くない。なぜならあなたはまだきっと未熟で、今あなたが絞り出した答えが、今の自分にとっては正解だったとしても、明日の自分にとっては未熟な答えであることは間違いないのだから。

考えること、悩むこと。初めは辛く苦しい作業で、暗闇の中を歩くような期間かも知れない。
けれどそれはきっといつか自信になる。

道は前にあるものではなくて、自分が歩いた後にできるもの。
乗り越えた壁が高ければ高い方が、その壁はいつかあなたを守る城壁に変わる。


僕が好きな2つの言葉です。

今あなたが悩んで、苦しいのであれば、そこから逃げるのではなくて、
さらに悩むのがいいと思います。そして答えが出るまで色んな方法を試して、もがいて苦しんで悩むのがいい。
そしてその工程に慣れて、繰り返して、息をするように悩めるようになることが
一番正しい、作家としての生き方を支える力になるように思います。


リルケも最後に言っているけれど、
自分が若者に宛てた言葉は、自分にとてもよく響く。今回は自分の立場を棚に上げて、とても偉そうにアドバイス的なことをしてしまったけれど。本心では、自分の立ち位置とかレベルとかを客観視できているつもりで、人に講釈垂れることができるほどの人間ではないのは承知してます。
僕ももっと悩めるように慢心せずに、
ずっと苦しんでいけるように頑張りたいなと思います。

Masaki Hagino
Contemporary painting artist based and work in Amsterdam and Cologne.
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