絵を描いて生きる -Life of Art- http://mskham.com オランダ在住画家Masaki Haginoが綴る、アート系オピニオンブログ Tue, 27 Oct 2020 17:53:27 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.15 http://mskham.com/wp-content/uploads/2018/05/cropped-main-32x32.jpeg 絵を描いて生きる -Life of Art- http://mskham.com 32 32 【ドイツ美大受験】マッペの作り方と、美大受験について【保存版】 http://mskham.com/2020/10/28/post-507/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-507 http://mskham.com/2020/10/28/post-507/#respond Tue, 27 Oct 2020 17:53:27 +0000 http://mskham.com/?p=507 今回も質問を頂いた内容から、記事を制作しています。今回は美大受験のあれこれ!
(こちらから匿名で、質問を募集しています! https://peing.net/ja/masakihaginoart

そろそろそんな時期か、と思い出しましたが、記事にするには数ヶ月遅かったかも知れません。とは言ってもドイツ美大の受験時期はわりと大学によってばらばらで、3月くらいが締め切りのところがあったと思うので、そこらへんのところも踏まえて話を進めていこうと思います。
ドイツ美大受験とこのマッペ(ポートフォリオ)についての記事があまりないので、今後受験を控えている人、ドイツ美大留学を考えている人になにか役立てば幸いです。私は最終的には絵画学科の教授のアシスタントの補佐をやっていたので、応募学生の作品集のアドバイスや、保護者や応募者説明会に出たりもしていたので、参考までに。

注: 私は絵画で受験をしていたので、デザイン系や、彫刻系、映像系とかとは受験内容や提出内容が違うので、その辺りの情報の差はあらかじめご了承ください。

先に記述しておくと、ドイツ美大留学に必要なドイツ語レベルは、B2-C1レベルです。認められたドイツ語試験(Telc,DSH,TestDaF etc.)の結果を、受験の際提出する必要があります。

 

ドイツ美大のシステム

ドイツの美大は、Universität, Kunsthochschule, Kunstakademieなど、大学の形態の名前がいくつかありますが、いろいろ時代の流れとか名称の関係らしいので、現在では基本的にはドイツにある美大のほとんどが、日本でいう国公立の美大という認識で大丈夫だと思います。(実際はもちろん違うはずですが、学費とかの面で学生側からみると、という意味合いで)ですので、ほとんどの大学が通常の大学のように学費は無料で、雑費や街の公共交通機関の定期券代などの支払いが、一学期に数万円あるだけです。留学生ももちろん同じです。
大学の一覧等があるサイトを載せておきますね(https://studienwahl.de/studienfelder/kunst-musik/kunst) (動画の上にある緑のボタンを押すと、大学一覧が出ます)

受験当時私が悩んだのは、大学のシステムの差でした。Bachelor-Master制度(学部、大学院)を採用している大学があまり多くありません。(ベルリン美大UdKとか)多くがDiplom(ディプロム)と呼ばれる少し昔の制度がそのまま使われています。これは五年一貫制でMaster大学院相当の学位になります。

Meisterschülerについて

そしてこれがややこしいのですが、英語でMasterはドイツ語ではMeisterになりがちで、ここで浮かび上がるのがMeisterschüler(マイスターシュラー)という学位です。当時私はめちゃめちゃ勘違いをしていて、これがドイツ語でいうMasterの学位だと思っていて、日本で学位を持っている私は大学院に行けばいいかーと思ってたのでMeisterschülerになりたいです!とかって教授にメールを送っていましたが、これはおそらく不可能というか制度的に無理だと思います。(まぁドイツは教授がオッケーっていったらオッケーなので、例外はありそう)
MeisterschülerというのはDiplomの後、特別に選ばれた学生が行える博士号に近いような学生の称号です。詳しくいうと学生ではなくなります。(私が通っていた美大では、Meisterの人は学生書ももらえないし、健康保険とかも学生料金ではなくなりました)これは毎年募集があって応募して試験に合格すればいいという入口が用意されているものではなくて、教授が自分の弟子にしたっていう称号をかけて、選んだ学生に許可を与える非常に特別な称号です。教授会にかけられて許可されないといけないとかって話です。ですので長い教授人生でもMeisterschülerを数人しか取っていない人もいれば、毎年一人とる教授もいます。他の大学を卒業した学生を取る人もいれば、絶対に自分の生徒だった人しか取らない人もいます。なので、Meisterschülerについては名誉学位みたいなものだと思ってください。

 

受験時期や応募要項(Bewerbungsvoraussetzungen)について

日本の美大のように、応募時期がだいたい決まっているわけではなくて、9月-3月頃の範囲で大学によって応募時期も内容も様々です。ちなみに大学はWintersemesterから始まるので、10月から始まります。なので結構早めに募集要項を確認しておいてください。早いところは夏頃に書類審査の締め切りがあります。
ドイツ美大受験最初の難関は、ドイツ語の応募要項を理解するところから始まります。必要書類や学費も大学によってバラバラなので気をつけてください。応募に必要な作品集や実技試験についても細かな取り決めがあるので注意してください。ドイツ風の履歴書も用意しましょう。

ほとんどの大学は、応募の段階で【書類と作品集を提出】、そして一次審査通過後(数ヶ月後)【実技試験と面接】の流れだと思います。大学によっては面接と作品集のみのところもあるし、当日に書類審査のあと、午前中に作品集を提出して午後に発表、そのまま実技が数日間始まるところもあります。

ここで注意してほしいのは、提出する作品集(マッペ)はほとんどの場合が、原本(作品のオリジナル)です。「2年以内に制作したもの」という制限もあります。マッペについては次で詳しく説明しますが、オリジナルを提出するのでポートフォリオバックごと送ったり、ダンボールを組んで送ったり運んだりしなければなりません。作品のサイズ規定も、持ち込める&送れる枚数も様々なので注意してください。なのでキャンバスの作品は難しいので紙媒体になってしまうこともあると思います。

そしてもう一つは、送った作品集と書類は忘れた頃にしか帰ってきません。ドイツのそこらへんの適当具合には慣れるしかありません。数ヶ月後のこともありました。ですので原本を送ることと、このことを掛け合わせると、わかる答えは「一年にいろんな美大に応募できない」ということです。作品集は多いとこだと20枚30枚とかだったりました。その枚数をひとつの大学に送ると、別の大学の応募締め切りにその作品たちが帰ってこないということもあり得ます。なのでたくさん応募する場合は計画が必要です。
大学によっては、持ち込みのみ受け付けることもあるので、車をレンタルして大きな作品を5点当日に運ぶ、というケースもあります。

実技試験は数日に渡り、ここらへんの日本の美大と変わらないと思いますが、デッサンとか造形とか基礎力の試験だと思っていいと思います。面接は作品集の説明とか大学に入って何がしたいとかかなと思います。

 

マッペ(Mappe)の作り方について

さて、ここが本題になります。作品集のことをドイツ語でMappeといいますが、基本的には原本、作品のオリジナルを指します。写真を撮って印刷したものをファイリングしたものでは足りないと言われることが多いと思います。大学によってはもしかしたら逆に原本を受け付けないこともあるかも知れませんので、注意してください。
質問でいただいたことにも共通しますが、悩むのが「どんな作品を入れればいいのか」ということです。デッサンとか、スケッチを入れるべきなのか?いろんなバリエーションを持たせるべきなのか?額とかは?などなど。

具体例を挙げにくいので、アドバイスとして概念的なものを先にお伝えします。見せるべき点は
1.「大学に入ったら、こういう方向で作品を進化・深化させていきたい」ということがわかる内容。
2. ただ趣味の延長で、絵を描きたい・物を作りたいではなく、「研究をしたい」というモチベーションが見える内容。
3. どういった道なりでここまで来たのか、というプロセスが見える内容。
4. 完成されきった内容ではなく、伸び代が見えるような内容。

以上を理解してもらえれば、きっといいマッペができると思います。
最初にも書きましたが、応募学生の作品集にアドバイスをする機会が何度かあったので…ダメなマッペを逆に説明します。

一つは内容がバラバラすぎるマッペ。
自分のいろんな可能性を見せたいがために、提出限界の20枚の中に、デッサン、スケッチ、色面構成、人物画、風景画、抽象絵画、具象画、木炭画・アクリル・油彩etc… と、ありとあらゆるものを放り込むパターンです。予備校っぽいものとかに入ったのかな、そこでいろいろやらされたのかなと思う内容ですが、これが一番ダメです。
のちに実技試験があればそこで基礎画力はわかるので、別に画力をマッペで見せる必要はあまりありません。力を見せるのではなくて、「作品の内容」を見せるのがマッペです。これは上で挙げた 1. 2. に全く当てはまりません。絵をこれくらい描けますということをアピールしているだけで、「どういう作品を作っていきたくて、今後入学したらもっと研究していきたいです。」が見えてこないのはNGです。

二つ目は、内容が定まりすぎているマッペ。
これは当時の私の最初の方のマッペでした。日本の卒業制作で作った作品を作り直して規定枚数ほとんどをその作品群で見せにいきました。上で見せたようにこれだと伸び代が全く見えません。何がしたいのかはわかったとしても、もう出来上がってるのでこのままやれば?っていう話になってしまうので、事前のアドバイスの時に「君はアーティストとして完成している。作品も悪くない。大学に来て学ぶ必要はない」と言われてしまいました。まとまりすぎて、バリエーションもないマッペは横から見てると1つを提出されたのと同じ意味合いを持ちます。20枚の作品提出上限のところ、1枚だけを出されたように感じます。なので研究をしたいというモチベーションがわかりにくいです。教授はこれからもっと学べる、やる気のある、伸び代のある人を取りたいと思うはずです。なのでメインの作品シリーズを出すことは間違っていませんが、それだけで固めてしまうのは良くないと思います。

三つ目は、作品になってない物ばっかりのマッペ。
スケッチみたいなものや、漫画とかイラストみたいなものを描いたものです。まずは作品と呼べるクオリティに仕上げてあることが条件です。作品の大きさもできれば規定ギリギリの大きさの方が印象はいいかなと思います。(サイズに意味がある作品でないのであれば)ちゃんと描き込んで、ちゃんと見せれる形のものにします。適当な紙に描いてあったりとか、ペラペラだったりとか、描きかけだったりとか。意味のあるアクリル絵の具での絵画ならいいですが、絵画としては技法とか画材・素材への意識は大切です。適当なアクリル絵画よりは、しっかりとした油彩の方が印象はいいのはなんとなくイメージはわかると思います。(もちろんアクリルがダメとかっていう話ではなく)とにかく作品と呼べるレベルまでは整え、作り上げるようにしましょう。

ということで、内容にある程度バリエーションを持たせ、かつ自分のメインの作品シリーズを見せつつ、そこまでの努力やプロセスを見せつつ、内容的に完成仕切っているわけではなくても構わないが、一枚としてはちゃんと完成しているものであるとよいです。

ここで裏技っぽいことを一つ。デッサンとか、過去の作品とか展示の写真とか、そういうものは画像を印刷してファイリングして、マッペの中に放り込んでおいてください。それで1点として換算しちゃって大丈夫です。これは作品集とは別です☆みたいな顔してさらっと過去のいろいろをがっつりいれとけば大丈夫です。もし面接の時に違反だよ?とか言われたら「じゃあ換算しないでいいです」と言えばいいし、それ以外の点で合格ラインだったら、そのファイルのせいで落ちることはないと思います。応募規定にそれは違反だと言及されていたりしたらもちろんやめてください。私は日本の学生の頃にやった石膏デッサンとか、過去の写真の作品とか、これまでの個展・グループ点の様子などなど、これまでこういうことをしてきたよっていうことを見せるファイルを一緒にいれてました。面接の時にそのファイルも教授たちは回し見て、その中のものについて質問があったりもしました。(規定では過去2年以内の作品のみ受けつけると書かれていても)私が教授の立場だったら、気になる学生なら画力だって見たいし、過去どういう努力をしたのかを見たいです。

 

合格の確率を上げる方法

応募やマッペとは別の話で、そしてこれが一番と言えるほど大切な、大切な工程がもうひとつあります。それは応募よりも前に教授と事前面接をするということです。この大学のこの教授のところにいきたいと思ったら、応募の時期の前に、作品集を持って教授と事前に面接をして、「顔と作品を覚えてもらう」ことが大切です。これをやるとやらないとでは、合否の結果に非常に差が出ると思ってください。試験のときの面接は時間制限もあるし、各学科のいろんな教授を前に、いろんな質問があります。ですので事前にじっくりといろいろ話せる機会を設けましょう。

面接の時期は、受験の2、3ヶ月前がいいと思います。7月末から9月末、クリスマス付近、2月3月は休みの時期なので教授には会えません。ですのでその時期を除くといいです。わりと面倒がられるので、うまく入り込む方法を考えます。

方法ですが、結構ややこしいです。ホームページに載っている教授のアドレスとかには、おそらく返事が返って来ません。学科には教授のアシスタントと、学生のアシスタント補佐や学科リーダーのHIWIと呼ばれる人たちがいます。まずはいろんなところから、これらの人たちの連絡先を手に入れて(HPに載ってることもあります)教授のアポイントをとれるところまでいきましょう。やる気をみせて、「どうしても事前に作品集を見てもらい、面接をしたいんです」と連絡をします。こういう自分からの見せに行く面接のようなことをドイツ語では「Vorstellungsgespräch」 などといいますので、メールの件名とか、お願いの内容は「Ich möchte einen Termein für das Vorstellungsgespräch bekommen.」みたいなことを伝えます。

ここで一つテクニックが必要です。ドイツの美大ではだいたい7月頃にJahresausstellungという、大学全体の合同展示会があります。アトリエとかキャンパスを一般にオープンして展示会を開きます。一般の方が見に来る、学園祭や卒展みたいな感じですね。この時に合わせてアポイントメントを取ると、教授に会える確率も上がるでしょう。

そしてもう一つは受験を考えている用に、大学はいろいろ企画があります。保護者も参加できる大学説明会みたいなので、オープンアトリエになっていたり、各工房も見学できたりします。そしてMeppenberatungというその大学に応募を考えている人のマッペを見せてアドバイスをもらえる日があります。これに行くこともおすすめしますので、まず大学のスケジュールを確認して、予約とかがいるかどうかを確認してください。教授、もしくはアシスタントがマッペを見てくれます。他の応募予定の人たちの前で見せて、その場で講評しますので他の人のマッペも見れると思いますし、ドイツ人がどういう作品を持って来ているのか、ドイツのマッペってどんなことなのか、教授がなにを聞いてくるのか、どう答えるのかいろいろ視察できる機会です。

ただし、私がおすすめしているのは、この受験予定者がたくさんいる中でのMappenberatungで、作品を見せるのではなく、個人的な一対一のVorstellungsgespächです。両方行けるなら行けばいいと思いますが、大切なのは圧倒的に後者です。ですのでMappenberatungがある近くに、メールで「アポをとりたいんですが…」と連絡すると「あ、じゃあMappenberatungにおいでよ!会えるのを楽しみにしてるね!」って終わってしまいます。ですので、時期をずらして連絡してください。Mappenberatungには行けないとか、どうしても個人で見て欲しいとか、いろいろ理由をつけるといいと思います。とにかくそれくらいVorstellungsgesprächは大切だと思ってください。顔を覚えてもらって、ゆっくりといろいろと面接をしてもらえるチャンスです。

そして面接(Interview)へ

事前面接にしろ、二次試験にしろ面接は避けて通れません、大切なのは、自信を持って話すことです。ハキハキと。
そしてこのブログではたくさん言っていますが、作品のコンセプトを口頭で説明できることが大切です。1分2分で、コンパクト自分の作品についてできるだけ学術的に説明できるようにしましょう。もちろん学生未満の方やまだはっきりとしたコンセプトがないような方は「こういう時代・画家に興味を持っている。だからこういう作品を作っていきたい。」とかでも結構です。そして「大学に入ったらこういう授業を取って、もっとこういうことを勉強して、作品のコンセプトを深化させていきたい。」とかっていう明確な「大学に入ってから、自分はどういうビジョンとモチベーションを持っているか」ということを話すことが大切です。完成しきっている必要はないけれど、ただなんとなくではなくて、できるだけ今できる細かな説明をするようにしましょう。
私も受験生や生徒を見る機会がありましたが、どの教授も「大学でどんなことを勉強したいか」そして「将来どんなアーティストになりたいのか」「どこまでを目指しているのか」を聞きます。ドイツの美大は各学科1年に5-10人程度しか生徒を取りません。ですので有望な人材を選びます。ただ絵がうまくてやる気がない人よりも、今はそうでもなくても、モチベーションとプランがある方を取るはずです。

面接でドイツ語に不安な方。
私は面接で聞かれるだろうなと思うことを自分で何十個もドイツ語で用意して、それに対する答えを事前にドイツ語でノートにまとめていました。語学学校の先生にチェックしてもらったり、ルームメイトのドイツ人にシュミレーション面接をしてもらったり、まだB2の拙いドイツ語だったからこそ、用意をして挑みました。暗記できればすればいいし、当日それを見ながら話しても別に文句は言われないと思います。ちゃんと用意して来たんだなと好印象なはずです。
ドイツ語をパーフェクトに話せる必要はありません。ただ、こと自分の作品についてと、美術に関するワードに強くなればいいんです。

・まず自己紹介、今までどんなことをして来たのか。
・教授たちはマッペを眺めながらなので、「Haben Sie irgendwas, über Ihre Kunstarbeiten zu erzählen?  作品についてなにか説明したいことはありますか?」と聞かれます。
・大学に入学したら、どんなことを勉強して、アーティストになるかビジョンはありますか?

この他にも自分の作品のモチーフについてだったり、技法についてだったり、いろいろと聞かれると思います。なのでたくさん準備しておきましょう。

 

 

ということで長くなりましたが、ドイツ美大受験・応募についてあらかたまとめられたかなと思います。
大学によっては、日本で学位を持っていると(Zweitesstudium)だと入学できない・しにくいというような大学もあります。(デュッセルドルフ美術アカデミーとか、ベルリン美大はよくそういう話を聞きます。実際は教授次第みたいなところはあるので、情報を集めてください。私はそういう話を結構聞いたので、そもそも受けませんでした。)

もし希望する人が入れば、ZoomやSkypeかLINEで、私とドイツ語でプレ面接みたいなのをしてもいいかなとも思いました。マッペの講評なんかも私でよければ…
希望者がいればメールなりSNSのDMで連絡いただければなと思います。

みなさんの受験がうまくいきますように!

Masaki Hagino
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【お知らせ】Podcast始まりました http://mskham.com/2020/09/20/post-503/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-503 http://mskham.com/2020/09/20/post-503/#respond Sun, 20 Sep 2020 12:33:36 +0000 http://mskham.com/?p=503

 

みなさんこんにちは、Masakiです。

前回の記事でいろいろ悩んでいましたが、決断してから数日!
最低限必要な知識と機材を集めて、Podcastを始めることになりました。

番組名は『ART TALK -アートトーク-』です。
ここからそのまま聞けます…よね、大丈夫かな。

Anchorのリンクはこちら anchor.fm/masakihagino

Podcastとは?

Podcastというのは、わかりやすく言えば録音型のラジオ番組のことです。iPhoneをお持ちの方は、すでにiTunesの純正アプリ(紫色のアイコン)が入っていますので簡単に聞けます。ラジオ番組の収録だったり、英会話系だったり、ビジネス系など、様々なジャンルのPodcastがあり、なんとすべて無料です!(たぶん)新しいエピソードが更新されれば自動で更新されるように設定できます。Podcastを今まで使ったことがない方は、これを機に利用してみてください。本当に勉強になる、楽しい番組がたくさんなので、ぜひこれを機にPodcastにハマってください。PodcastはiTune以外にもいろいろプラットフォームがあります。Anchor, Google, Spotifyなどでも同時にアップロードされているので、(まだ反映に時間がかかると思いますが)お使いのアプリで購読をしていただければなと思います。

iTunes Podcast
https://www.apple.com/jp/itunes/podcasts/index.html

 

音声媒体の時代

iPhoneがイヤフォンジャックを取り払って、AirpodsというBluetoothイヤフォンで音楽を聞くことが数年前から始まりました。それを機にどんどんワイヤレスイヤフォンが出てきて、不便だと言われていたはずなのに、今やワイヤレスが普遍化してきました。
Youtubeが人気になりましたが、動画媒体は、結局スマホ画面の前にずっといないといけません。これでは別に有線イヤフォンを使っている時とあまり差がありませんでした。ですがワイヤレスが普遍化してきたことによって、今度は動画ではなく、音声媒体で「ながら作業」をしながら情報収集が始まってくる次の時代になってくると言われています。いざ音声で情報収集を始めるとかなり便利だということに気づきます。
別の作業をしながら、散歩とか、車の運転、通勤電車の中、料理中、入浴中、眠る前。普段は音楽を流していた場面で、私はもっぱらPodcastです。語学学習にも使えるし、Ted Talkとかで最新の研究について知ったり、睡眠前は小説の朗読を聞いたりもできます。

 

BlogとPodcast

これからは文字でじっくり伝えることができることはBlogで。長々と話せる内容はPodcastで。使いわけをはっきりするつもりはありませんし、内容が重複して連動していくと思いますが、どちらの利点も生かしていければなと思います。文章だとそれなりに時間がかかってしまうのですが、この感じのPodcastなら簡単にアップロードもできますので、更新頻度をあげていければなと思います。それにアーティスト仲間など、ゲストを呼べたりできればまた楽しくなっていくのではないかなと思います。
トークテーマのリクエストを激しく募集していますので、ラジオっぽく質問コーナーでもなんでも用意するので、皆さん是非コメントをお願いします。
Podcastの更新報告はブログではその都度していかないので、Twitterか、Instagram(のストーリー)で更新報告はしていくと思いますので、そちらもフォローまたは、各プラットフォームで登録の方をよろしくお願いします。

 

Masaki Hagino
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今後のこのブログの展開についてつらつらと。 http://mskham.com/2020/09/16/post-495/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-495 http://mskham.com/2020/09/16/post-495/#respond Wed, 16 Sep 2020 04:24:57 +0000 http://mskham.com/?p=495

 

ブログの更新が滞ってしまってすみません。Masakiです。
ネタに困っているということもそうなのですがちょこっとばたばたしている日々が続いています。

今回は別に美術にあまり関係のない話ですが
まあ勝手に始めたブログなので、全く記事が挙げられないよりは少し更新頻度を稼ぐためにも
こんな記事もたまには。今回はいつもに増して乱文でお届けになるでしょう。

そもそもこのブログを始めたきっかけと
手広くやってみようかなと思ったこと

別にブロガーになりたかったわけでもないし、日本とドイツの、アート業界の架け橋になりたいとか、本当のアートをみんなにもっと知ってほしい!というような熱い思いがあって始めたわけではありませんでした。ドイツで活動をしていて、たまたま数年前Partnerというサイトで記事を寄稿し、そしたらそれがサイト内ランキング1位を未だに保っているほどバズってしまったことをきっかけに、少しドイツから日本のみなさんに何かを伝えることを始まりました。もっと言うと、絵で食べていけてなかった学生1年目の頃は、海外の商品とかを紹介するライターとして少し小銭稼ぎをしていました。
なんとなくで始まったライターとしての活動が、今こんなにも更新頻度が少ないのに多くの方がまだ毎日記事を読みにここに足を運んでくれています。Youtubeとか例えばオンラインサロンに足を伸ばしてやっていこうかなって思ったこともありました。

ただ圧倒的に一番上に書いた、根本的な熱量が足りませんでした。自分の器量と仕事量のパフォーマンスから、やれないことではないのにも関わらず、です。
一番ネックなのは、「時間を奪われる」ということへのストレートなストレスでした。
朝起きてから制作に取り掛かって、夜はコンクールへの応募に対して時間を使って。趣味の時間とかを意図的に取るようにしないと気が休まらないような、いろんなことを削ぎ落とした生活をしてきたので、それ以外のことになにか時間を取られるということが非常にストレスになっていました。一種の強迫観念のようにも見えるし、これが別にいいかどうかなんてわからないけれど。SNSの全ては関係者や業界仲間のタイムラインでほとんど埋まっていくので、寝る直前のスマホタイムまで、「アート一色」です。知人アーティストが作品をアップしてたり、展示の報告とかをしているフィードで埋まります。もしくは応募系のフィードとか、現代作家の講評記事とか。

なので、気が向いた時にちょこっと書く、くらいのブログが自分にはあっているなと思いました。
サロンとか、お金が月額でかかるような媒体に責任を持って継続できないなと思います。展示が重なったときとか、制作に行き詰まった時絶対にないがしろにしてしまう自信があります。

 

様々な可能性を探すのか
一つを掘り起こすのか

別に誰かを特定で悪い風に言うつもりは全くないのですが、私はアートでお金を稼いで、ビジネスをするつもりは一切ありません。私が作品を売るのは、自分の作品の価値基準の保持のためがメインです。活動費とか生活費がそこからしか捻出できないので、もちろんお金は欲しいので、売っていくことに対して割と積極的ではありますが、作品を売るために量産したりとか、そんなことをできるだけしたくはありません。
ビジネスでお金を稼いで、次のプロジェクトにどんどんと広げていくような人はとても多いでしょう。例えばキングコング西野さんとか、ホリエモンとか。私も昔はそういうことを広く同時に考えてやっていきたいと思っていた人なので、そのスタイルを否定する気は全くないのですが、ビジネスとは少し違う、「美術を学問として研究している身(研究者)」だと思って活動している私は、手広くやることに対してすごく「時間がもったいない」と思ってしまいます。

あれをやってこれをやって、同時進行で。いろんなことがやりたい人は、人を雇ってでもどんどんと拡大していくのはワクワクするんだろうなと思います。きっと拡大したことで思わぬリターンもあって結果的に特大プラスになって返ってくることもあるでしょう。
ただ私は単純に、その多方向に散らばった「時間と労力と思考を一つに絞ったらどうなったんだろうか」と思います。これは多分ビジネスと研究の差かなとも思います。ひとりでやるのか人がほかにいるのかにも関わってくるし、どっちがいいとかではないし、どっち正解とかは全て結果論なので議論の無駄です。ただその人が何を求めるのかということの差だと思います。

どこかでも書いたけれど、
「人生は取捨選択の連続で、未来はその上に成り立った結果」だと思っています。どこかのその一点を見て「羨ましい」って人を妬むことは失礼だなって思います。例えば海外で自由に作家活動をしていると「夢をずっと追えるなんて羨ましいです。僕は結婚して子供いるのでもう無理」とかって言われることが割とあります。相手は頑張ってくださいねという意味を込めて言ってくれていると思うので、別に嫌悪感を得ているわけではありませんが、こういうことを言われると思います。
結婚したのも子供を授かることも選択したのはあなたです。選択してもなお夢を追うことももちろん不可能ではないけれど、どこかでなにかの選択をして、別の道を歩んでいるのはあなたです。なので羨ましいもなにもないと思うんです。自分が選んだ道なので、人を羨ましがる必要なんてないと思います。自分の選んだ選択に納得をして自信を持てば良いと思います。ですので思うのは勝手だけれど、相手に「羨ましいと思う」ことを伝える必要はないと思います。

話が逸れてしまったけれど、私の選択は決めたひとつのことを、全てを費やして進んでいくということでした。ただそれには誰かのサポートが必要だったりもするし、休憩をしないといけないし、それよりも大切だと思うことが目の前に降ってきたら簡単に方向転換をすると思います。そしてそれを後悔したりもしません。

 

ブログで何がしたかったのか
これから何ができるのか

話を少し戻すと、ブログを始めて何をしようとしていたんだっけなってことです。一番のきっかけは、このブログで一番多く言及している、
日本での広義的な「アート」と、本当の意味の美術・artっていうのは全く違うんだよ?美大でも教えてくれないけれど。特に日本の。ってことが大きかったかなと思います。何か自分の感情とかを「表現」することが「アート」だと思っている人が日本には多いでしょう。でも現代アートとしての価値はね?っていうことを多くの記事に渡っていろいろ解説してきました。それがきっといろいろな人に納得いただけたので、こうやってたくさんの方に記事を読んでもらえたんだと思います。
では私がドイツを中心に海外で活動して思ったこと、学んだことを日本の人に伝えて、どうしたかったのかということになります。

んー確かに、もっと若い世代が海外に出やすくなったらいいなとか、もっとみんなにこのことを認知して欲しいな、日本アートレベルをあげるきっかけになるのかな。と思うこともあります。きっとこれだけのことをYoutubeとかサロンで講座を定期的にやったりとかすれば、結構いいところまで行かせられる自信はあります。ただやっぱり上で言ったみたいに熱量と責任が取れないなあっていうのが本音です。なので思ったことを適当に書いてるブログが合ってるのかなと思いました。

これを書いていて思うのは、もしかして誰か別の人間が運営やら動画編集やらをやってくれるのであれば、うまくいくことができる可能性もあるのかなと思います。もしなにか間に入ってくれるような方がいたらご連絡ください。(ちゃっかり)

音声媒体、映像媒体と文字媒体
情報収集はどこから?

少し別の話ですが、こんな記事もあって
【若年層のSNS利用状況関連の調査まとめ】 テレビは見ないがネット動画は毎日見る。若年層のネット利用状況とは?-Social Media Lab(https://gaiax-socialmedialab.jp/post-55237/)

このブログの解析でもわかるのですが、圧倒的にスマホで読まれていることが多いです。
そして一番注目して考えなければならないことは、文字媒体からの情報収集率が圧倒的に少ないと言う点です。まあ簡単に言えばブログって時代遅れなのかも知れません。
個人的な話をすると、圧倒的に文字情報からの情報収集が多いです。本を読むことが多いため速読が得意なので、文字情報の方が、音声情報よりも必要な情報をより短い時間で収集することができると思っているからです。これが動画だと自分が欲しい情報を俯瞰できないので、自分が聞きたい情報まで倍速設定にして聞き流して…みたいなことをします。

ただ若い年代をはじめに、多くの人が最近は音声情報からの情報収集を選んでいる傾向にあります。文字離れとかもあるし、画像や視覚情報の方が頭に入りやすいということはあるのかもしれません。聞く方が楽だろうし、ながら作業で別のことを同時にできることもあるでしょう。映像はともかく、ラジオやPodcastは確かに多く利用します。Tedとか。

文字情報の方が、難解な内容を咀嚼しやすいのかなとは思います。書き手は書く時間があるので、その工程の際に、言葉選びをできるので相手に伝わりやすい文章を届けることができます。そして読む方も何度もも確認しながら読むことができます。動画や音声だと戻ったりするの面倒ですよね。tedとかのプレゼンになれば、話し手は内容を考えた上での音声なので、少し別の話になるのかなと思います。

このブログの新しい形と
やってみようかなと思っていること

ということで、このブログの新しい試みでラジオかLive形式で少し進めてみようかなと思っています。
ブログで記事を書くよりも、私も圧倒的に時間削減にもなるし、データ的には音声情報の方が求められている様子なので、一石二鳥な部分もあるのかなと思いました。もちろん文字にすることの大切さと利用度の高さを無視したくはないので、ブログの記事とうまく連携させていけたらいいなと思います。テーマを絞っていければラジオで一人で話し続けることもできるのかなと思いますが、質問とかに答えていけたら楽なのかなと思うのでなにかのLive機能を使っていくのがいいのかな…と悩んでいます。

以前はYoutubeのライブ機能はユーザーフォロワー数が一万人以上いないとできない、とかだったと思っていたのですが、今確認するとその規定はなくなったようなので、少しそっちでやってみようかな。いろいろ考えてみて、一番合ったものでやっていこうと思います。なにかアドバイスや意見があればぜひコメントで教えてください。

 

ということでいろいろと散漫になってしまいましたが、今少しブログについて思っていることをつらつらと書いてみました。

Masaki Hagino
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アーティストステーメントの書き方! http://mskham.com/2020/08/09/post-488/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-488 http://mskham.com/2020/08/09/post-488/#respond Sat, 08 Aug 2020 18:03:27 +0000 http://mskham.com/?p=488

アーティストステートメントの書き方講座?というか、失敗系のステートメントをよく見かけるので、そこを指摘しつつ良いものにしていきましょう!
自分のステートメントがいかにも立派かのような記事になりますが、完全なポジショニングトークなので気にせず行っちゃいましょう。
前回の記事の②番に該当する作家の方々には、もしかしたらアーティストステートメントはそもそも必要ないのかも知れません。思ったもの、感じたものを制作するのであれば、別にコンセプトは必要ないかも知れないからです。ですので今回は①番に該当している、現代美術に必要なステートメントの話をしていきますね。

アーティストステートメントってそもそも何のこと?

よく耳にするアーティストステートメント(Artist statement 以下AS)ですが、一体どういったものを指すのでしょうか。
わかりやすくいうと、作家が制作している作品群に共通したコンセプトの概要のことを指します。作家活動には必要不可欠なもので、なければ話にならないし、ない人なんて作家と呼ばれません。それくらい重要なものだと思ってください。
今回の記事で重要な部分は、この“作品群に共通したコンセプト”という部分です。この部分を理解できていないステートメントが多いわけです。
人生をかけて研究を重ねて、内容の部分と、外側の部分を極めていくのが作家人生なわけですので、一貫したコンセプトが重要なわけです。つまり内容が薄かったり、作品毎に内容が変わったりしている作品は、相対的に見て前者よりも深みが足らないことになるのは言うまでもないでしょう。ですので、その作品ひとつひとつのテーマの解説ではなく、全ての作品に共通する、あなたが制作しているものすべてに共通するコンセプトについての記述文が、アーティストステートメントということになります。

この”作品群に共通したコンセプト“を理解できていない人の文章は、代わりに作品のテーマ解説をしていることが多々あります。これは似たようで全く違うものです。モチーフの解説をしたいのであればそれはコンセプト文と分けて書いた方が良いと思います。

…..
少し脱線しますが、現代の作家活動には、自分の作品とステートメントや経歴が見れるホームページが絶対に必要です。無料のHPサービスで十分ですので、(私は有料版wix.comで作っています)持っていない人は、今すぐ用意すべきです。できれば英語も同時に用意しましょう。GoogletranslatorよりもDeepLtranslatorが圧倒的にオススメです。できるだけ文法的に丁寧な日本語を書いて自動翻訳してもらえば、Google翻訳よりもかなり自然な英語が出てきます。ですので、不自然でも別に意味は通じるので、英語が用意されていない人は、経歴とステートメントは英語を用意しましょう。
……

 

コンセプトとテーマの違い

(*ここでは言葉の意味を精査しているわけではないので、実際の言葉の意味の差を言及しているわけはありません。)
わかりやすく言語化してみます。

コンセプト(concept)

言葉の意味は「概念」ですが、デザイン・アート業界等でよく使われるワードです。私がここで言うコンセプトというのは「自分の作品の学術的な価値を言語化したもの」です。”学術的”という言葉をこのブログではよく使いますが、私が意図しているのは、個人的な主観や感情文ではなく、美術史やその他の学問の分野の中で、説得力のある、そして意味・価値があるということを裏付けられるかどうかということです。
自分の作品が、どういった意味を持つのか。この作品が何を持ってして、何を表現しているのかということを重点的に言語化されているものです。例えば美大で書くことになる卒業論文とかっていうのは、このコンセプトに纏わる研究をまとめたものであるべきかなと思います。

テーマ(theme)

これは、上のものとは打って変わって、作家が何を描いたかの説明です。ですので美術的・学術的がどうとかは関係なく、どういう思いで描いたとか、何を描いたとか。個人的な感情や思い入れとかを書けばよいものです。そして一貫性のあるものではなくて、作品ごとの被写体に纏わることなんかも含めて結構です。モチーフの概要になりすぎないように、作品にこういった思い入れがあるよ、という説明文に近いと思います。

例えばわかりやすいのがシャガールです。「愛の画家」と称されるシャガールは、色彩とキュビズム的な絵画で、奥さんへの「愛」をテーマに多くの作品を残しました。奥さんが死亡してしまうことで制作をやめてしまう時期がありましたが、それでも立ち直って98歳まで様々な制作を成し遂げた画家です。
当時では独特な色彩とキュビズム的な画面構成など、この部分を細かく論述すればこれは彼の作品のコンセプトの部分になります。画面構成について美術史的なアプローチでコンセプト文を書けるでしょう。一方で作品テーマは「愛」でしたので、彼がどういう思いで、モチーフをどのように表現しようとしたか、という部分を記述すれば、それはテーマ解説になります。

どっちがいいとかそういうことじゃなくて、アート業界で必要な場面(講評とか審査とか)で、ASを求めているのに、テーマ文が来ると「で、ASはどこ?????」ってなってしまうというだけです。

間違っている
アーティストステートメント

よく見かける間違っているASを挙げてみます。間違っているものの多くは、上のテーマとコンセプトの違いを理解できていないことがメインの理由です。
何と言っても多いのが、ポエム調。ASというかまあテーマ解説がメインなのですが…

よし、今適当に書いてみる。

森の中には、独特な空間が広がっている。
木々が入り乱れ、木漏れ日が差し込み、朝露で光が反射している。そんな森の中の空間は、日常から切り離され独特の世界観を有している。
私の心の中にも、同じような世界が広がっていると言って良い。日々の生活の中で生まれる様々な感情は入り乱れ、時には静まり返ったその世界に、時折光が差し込むのだ。
日々の葛藤と苦悩、困難の人生のように、森の中は決して平の道はなく、大小異なる木々の障害物に溢れている。

「ありそーーーー!!!!」
小説の冒頭かな?というようなもの。作品のモチーフの「森」と「世界観」と、「自分の感情」を絡ませてる系です。
絵の中に描かれているモチーフを、転換して”エモい”感じにするのをよく見かけますね。元を正せば「よく見かける」っていう現象が起こってしまった時点で新しいものではないので、現代アートではないですね。

何が日本人っぽいかなと言うと、「共感性」を非常に求めていることが挙げられます。特に最後の文の、「曲がりくねった道と木々の障害物感が、人生を表している」という辺り。アートっぽい感受性!と評価されるかも知れませんが、この「不可視のものを、モチーフに置き換えて表現する」というのはアジア圏に多い作品な気がしています。そしてそれをコンセプト文として解説しているケースです。
(脱線しますが、この共感性を求めるスタイルはある意味危険です。これはこれはグローバル化が遅い日本だから生まれる考え方の一つで、例えば「人生が曲がりくねった道」というフレーズは日本でよく耳にするので当たり前のように聞こえるけれど、違う文化では「人生はまっすぐな道」と表現されているかも知れません。そうなると作品のメインだった”共感性”が失われてしまうわけですので、視野を広げて考える必要があるように思います。)

上にも挙げた通り、これは全く学術的な、もしくは美術的な観点での解説がひとつもなされていません。自分の作品がこれまでの美術の歴史においてどういった価値を有しているのかという点が一切なく、作品に何が描かれているかという表面的な部分の「解説」しかなされていないことがわかります。

そもそもを言うと、感情など不可視のものを画面に反映させていく形態は、表現主義の時代に見られたものです。「日本の多くの芸術作品は、未だに表現主義の時代で止まっている」という表現の記事をよく見かけますが、そのとおりかなと思う作品が多いのが実態です。なので自分の作品がどのように表現主義のものと違うのか、もしくは同じ中で、どのくらいの新しい価値を付随させているのかということを知りたいなと思います。ASを見る時には、そういう部分を求められ・見られていると思った方が良いと思います。そんな中、ポエムを見せられると、「で?」となってしまうのは理解できるかなと思います。

 

アーティストステートメントの重要性について

ASの重要性は2つあります。1つはそもそもの作品のコンセプトを洗練・言語化するという作業を行うことで、作品をより良いものしていけるということです。これまでにも何度も触れてきましたが、”美術”というものは学問のひとつです。そしてそれは研究されて、学術的価値を持っている必要があります。「見た目がいいもの、綺麗なもの、上手な絵」は美術ではないのか?と聞かれれば違うとは言えません。ただ、それを「新しい美術の価値」として認めていた時代が過去にあっただけという事実を無視してはいけません。作品の模倣はタブーとされている世界なわけですから、つまり過去に存在した美術的価値を今この時代に追い求めても、作品の価値は上がらない。ということをこのブログでは伝えてきました。なのでその類のものを、芸術と呼ぶのか、美術と呼ぶのかは違う話になるので、ここではもう現代美術としての価値として、分け切って考えて見ましょう。
つまり現代美術というのは新しい美術的価値を追い求め行くものです。なので自分の作品の「どんな部分が新しい価値になっているのか」ということを示す必要があります。それを言語化したものがASです。今、もしあなたがこの意味に則っている作品コンセプト、そしてASを持っていないのであれば、裏を返せばあなたの作品は現代美術作品としての評価を受けられません。なのでいろんな本を読んで、過去の作家たち、現代の有名な作家たちのASを読んで、なにがASで、なにがテーマ文なのかをもう一度理解し直してみてください。
ASを書きあげるのは非常に大変な作業だと思います。何年もかかるものだと思ってください。こんな偉そうに話している私もASをまだまだ書き直しているし、研究をまだ続けている最中です。ですので、洗練されて行く作業は果てしなく続いて行くものなので、今可能な限りのベストをそこに書き記せば良いと思います。それでも数ヶ月はかかるものだと思います。

 

2つ目に入っていきますが、ASは多く使用されるものです。コンクールやAIRの応募とか、助成金の応募とか、ギャラリー展示でも配布や壁に貼られたりもするものです。ですのでだいたいA4用紙一枚分くらいの内容であるのが良いと思います。短くするのが大変なので別に長いバージョンも用意しておけばいいのですが、とにかくA4のボリューム、場合によってはその半分くらいのショートバージョンも必要です。この”短くまとめる”という作業がなによりも大変なので、時間がかかってしまいます。
話を戻しますが、ASは作家活動に欠かせないその理由は、応募に絶対必要だからです。つまり作品の審査・評価を受ける際には、作品そのもののクオリティと同じくらい必要なものなんです。以前の記事でも出てきましたが、「作品が語るもので、作家が語るべきではない」っていう日本の風習がありますが、それは日本の”感情の共感性” を求めた表現主義もしくは印象主義的な作品をずっと作り続けて来ているから出て来る発想だと思います。現代美術ではそうではないので混ぜないようにしましょう。
特にインターナショナルな応募だと、数百、数千の応募の中、審査を早めるために手早い審査になります。オンライン応募も今や主流なので、ASと作品をパッと照らし合わせて、この作家が「研究をしている作家なのか」どうかをまず見られると思ってください。ASの時点で「は?何言ってんのこいつ?」ってなったら作品を見てもらえないこともあるということです。

 

アーティストステートメントを洗練させることで
作品そのものを良くしていく

もっとなにか有用なことを書ければ良いなと思ったんですが、
こう書くと良いよ!って言う部分をあまりうまく伝えられませんでした。これはダメだよ!はすぐ言えるんですが…

・テーマを解説する文章にならないこと
・作品のテクニックの説明になりすぎないこと
・自分の作品のどう言った部分が、現代美術としての新しい価値になりうるのか、ということを主張すること

この辺りを重点的に考えていくと、説得力もあるし、価値のあるASになるのではないかなと思います。研究を続けて、ASをいわゆる「研究概要」として洗練させていくと、同時に作品のコンセプトを磨かれて行くので、作品が深化していくことに繋がっていくと思います。個人的な意見ですが、この研究→作品という循環スタイルが一番現代美術にあるべき姿だと思います。技法や自分の感覚や感情に従ってやりたいことを先にやる→ASを書く という人もいますが、大切なのは作品の中身の部分です。ですので作品の中身を練っていくこと、研究をすることで、おのずと作品へのアウトプットの部分が良くなっていくはずです。
私も制作に行き詰まってしまったときは、制作を休んで図書館に篭ることが多いです。自分が何をしたかったのかということを、こんなにも考えているのに見失う時は一瞬です。ですのでもう一度、一から全部解き直して、何がしたいのか、何をするべきなのかということを再思考することが、良い作品を作っていくための正しい手順なのではないかなと思います。

なにか参考になったら、シェア等よろしくお願いします:)

Masaki Hagino
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作家活動における分析力と行動力の話 http://mskham.com/2020/08/07/post-472/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-472 http://mskham.com/2020/08/07/post-472/#comments Thu, 06 Aug 2020 23:14:07 +0000 http://mskham.com/?p=472

いくつかいただく質問の中でも、ずっとある質問で
・作品を売ろうとしているけど売れない
・海外でどうやったら活動できるのか
・賞が取りたいけれど取れない
・助成金が欲しい
という内容が非常に多いです。このブログの中でも結構いろいろと話してきたことなので、今回は改めてもう一度まとめてみようと思います。
それぞれの細かい話は過去の記事を探してもらえばもっと詳しくダラダラと書いてあると思うので、お時間がある方は探してみてください。

自分のやりたいこと、
目指していることは何なのかを分析をしてみる。

まず相談を受ける方の圧倒的に共通している部分があります。それが自分の分析があんまり得意ではないということ。これまで私自身が注意して、分析をして行動してきたことを元に簡単な分析に必要な項目を挙げてみます。出来るだけ細かく説明してみます。
繰り返しになっていますが、世間一般で認識されている「アート」というものは、4種類に分類できるかなと思っています。
技法や画材が油絵だからアートとかそういうことは一切なく、内容の部分での話なので、ゆっくりと何に当てはまるのかを考えてみてください。

自分の作品のスタイルについて
  1. 「学問的」な新しさを求める美術/ARTである。(コンテンポラリーアートとも言えるかも)
    このブログでは多く説明していますが、美術としての新しい価値を探している作品。例えば学術的な研究の上に成り立っていることを一つの条件にしてみてもいいかも知れません。自分の作品のコンセプトなどについて、技法の説明だけではない内容の部分で研究論文が30枚くらいは書けるのか?というあたりを考えてみるといいかも。世界中の美術の数百年の歴史を見て、自分の作品に新しい価値を見出せるかどうか。例えば『カテランのバナナ』(解説記事)の作品の内容を咀嚼できるかどうか。形態は違うにしても彼のような作品が現代アートの新しい価値で、それを追っているかどうか。
  2. ある種「継続的」な芸術作品である。(非コンテンポラリー系)
    絵画で言えば、「上手いか下手か」の判断ができるような作品が当てはまりやすいと思います。これまで多くの人々が作ってきた形態の作品を、自分のテイストで作っているような作品形態。上の分野とは少し別で、コンセプトな学問的な価値よりも、上手いかどうか正解がある上で判断ができるような作品。例で言うと、日本画などの伝統的なもの、人物画や風景画、花などの静物画が多い芸術作品。わかりやすく言うと世間一般で「アート」として多く認識されている作品。コンテンポラリー系ではない、例えば二科展とか日展国展とかに出品されているような作品群を想像するとわかりやすいかも。多分日本では多くの画家がこの中に分類されてると思います。
  3. グッズや雑貨や家具の延長に近い芸術作品である。
    これはわかりやすくと、おしゃれなものだったり、センスがいい!と評価されてるような作品。主にグラフィックやイラストレーション系に分類されてもいいのかなと思います。アナログデジタルはどちらでもいいですが、グッズ販売として展開が予想されているような作品が該当しやすいかなと思います。上の②よりも、専門的な上手さなどを問われることはなく、「テイスト」「センス」「個性的かどうか」が大事になっているような作品。
  4. デザインの範囲内の芸術作品である。
    例えば2Dで言えば、ポスターとか、タイポグラフィとかグラフィックデザインとして展開されているもの。アートとは少しベクトルが違うのですが、中にはアート的な表現を持っているものも含まれるので、判断が難しくなっていることも。
自分が目指すベクトルについて(上記の選択肢と連動しています)
  1. 「学問的な」美術としての新しい価値を追うスタイル。
    極端なことを言うと、誰かの手に渡ることや、売ることを目的としていなくて、美術としての新しい価値を追うスタイル。最近ではビデオ系やインスタレーション系などが多いので、そういうタイプを想像するとわかりやすいかも知れません。一見すると意味がわからない作品も多いけれど、美術史の長い歴史の線上に新しく立つかどうかを目指すような作品。
  2. コンセプト内容よりも「表現力」といった、技術的な進歩や自分のテイストを探し、それを追求するというスタイル。
    日本的な「アーティスト」に多いベクトルだと思います。自分の個性やテイストを研ぎ進め、自分だけの自分ならではの作品を作ろうとしているスタイル。上記①と大きく違うのは、学問的な研究をベースとしているかどうかが、大きな分岐点になるのかなと思います。
  3. 作品を商品として、売れるかどうかを目指しているスタイル。
    ①も②も、それぞれの目指す「良い作品」を作ることを重視していて、売ることが最大の目的ではありません。ここでは作品を売るということが大きな目的になっているので、例えば色違いやサイズ違いで量産が行われていたり、印刷できるような媒体で作品を量産して売っていくということを目指していることも考えられます。もしくは色を使って抽象画を描き、家具の一部として売るということのみを考えていて、あまり美術がどうだとかそういったことをメインに考えていない方向性もあると思います。雑貨や家具に近いということは「多くの人の手に届けたい」という気持ちがある方。
  4. クライアントがいて、注文を受けて制作していくスタイル。
    わかりやすく言えばデザインのひとつの形になるのかなと思います。③と似ていますが、大きく違う点はやはり相手がすでに存在して、例えば打ち合わせがあって、それに沿った作品を作るということ。自分の作品の内容や形をクライアントの意向に沿った形に変化させるということですね。

 

という感じでまとめてみました。上記二つのカテゴリーを連動させているので、あまり二つに分けた意味はなくなってしまったのですが…
こうして見ると、①と②、③と④はそれぞれ似ているけれど違う、というような印象を受けました。
質問をいただく中で、まずご本人が自分の作品のテイストと、目指すものを分析できていない方が多いので、自分が何を作りたくて、どういう活動をしていきたいのかということを定められていないことが大きな問題だと思います。まずは上の二つのカテゴリにどれとどれが当てはまるのかを考えてみてください。

 

自分のやりたいことと目指すことが
同じ方向を向いているのかどうかを考えてみる

さて、分析をしてみるとわかると思いますが、一番いいのは連動した番号(①ー①とか②−②)を選べているかどうかが重要ですね。これは極端な例ですが、例えば自分の作品がインスタレーションなのに量産するのは難しいでしょう?ということです。実際にここまで極端でなくとも、自分の目の前にある作品とやりたいことが一致していないように見える方は結構多いと思います。特にこのブログでは大きなトピックとして扱っているのですが、①と②の区別が付いていないため苦しんでいる人が多いと思います。これはなんどもこのブログで取り上げたのですが、日本では特に①と②の区別があまりなくどちらも「アート」として扱っているので、ごちゃごちゃになっているパターンです。そして多分日本作家の多く、8割以上は②に該当すると思います。(何がアートで何がそうじゃないかの話参照)

頂く質問で多いのが
②に該当するけれど、①を目指している。というケースです。
もう一度強調して書きますが、
①は歴史的な美術史や現代美術をすべて視野に捉えて「内容的に全く新しいもの」を探していくものです。
②は静物画など例えば絵画としての継続的な枠組みの中で、自分の個性などの「表現の新しさ」を探していくものです。
つまり②でいう「新しさ」は、世界中の数百年の絵画の歴史の中でどう新しいかということを研究された「新しさ」を求めていないことが分かります。ですのでそれを①と誤認してそのベクトルで進んでいくと、壁にぶつかるという現象が起こるのだと思います。

例えば①の中では、例えば絵画で上手いかどうかなんていうことは、もう別に求められていません。例えば静物画や風景画で、「まるで写真のようなくらい上手く描く」ということは素晴らしい技術です。これは②や③の範囲内では、評価も受けられるでしょうし、作品も高額で売れるかも知れません。コンテストによっては最優秀賞も獲れるかも知れません。
ですが①の分野の中では、ほとんど評価されないでしょう。1970年頃にすでに「フォトレアリズム」という流れがアメリカですでに流行っていました。ですので絵画の美術史の中では、2020年にその作品を描いたとしても何も評価されません。

世の中には数多くのコンテストがあるし、美術館も多くの来場者を獲得するために様々な分野の美術を展示します。ですので別に何かを受賞したからといって、どこかの美術館で展示されたからと言って、どちらかに対してどちらかが優れているということではありません。上で参照した別記事にも例をあげていますが、①の世界ではCy Twombly (1928-2011)の作品は評価されても、②の分野では絶対に落書きとしか扱われないでしょう。カテランのバナナだってそう。

なので重要なことは、しっかりと自分のやりたいことや自分の作品と、自分が進んでいく方向を照らし合わせて、マッチしているかを考えていくことです。そしてこれができていないまま行動して悩んでいる人が多いというのがこの記事の本題ですね。

 

日本で上手く活動できないので
海外で活動をした方が良いのか

質問の中で割と多いのがこれです。海外進出を考えているのだけれど… という内容ですね。
これもいくつかのケースを分けならが話を進めないといけません。

まず前提的な話を先に書いてしまいます。おそらくこの場合の海外というのは欧米諸国のことを指していると思うのですが、欧米だからといって全ての美術のレベルが高いというわけでは全くありません。ドイツで活動していても、趣味の範囲で制作している人はもしかしたら日本よりも人口が多いようにも感じます。それは単純にドイツの方が日本よりもアート業界が盛んだからだと思います。いわゆる「同人系」などのデジタルでイラストを描く人は日本でかなりの人数がいて、興味がある人も多いのは、コミケとかの様子を見てもわかると思いますが、ここで言っているような現代アート業界とは少し別の世界かなと思います。アーティストも少なければ、ギャラリーが少ないし、イベントも少ない。ということで日本ではアートの社会的露出度が、欧米と比べてかなり低い、もしくはかなりハードルが高い上の世界でしか賑わっていないことが、一つの問題として挙げられると思います。
逆に欧米では人々の関心度も、アーティストの地位や人口、ギャラリーの数、どれを取っても日本よりかなり多いでしょう。

「じゃあやっぱり、日本で活動するより、アート業界が活発な欧米で活動した方がいい」

という結論に至るのはわかりますが、果たしてそれが正解なのか。

繰り返しになりますが、日本でアートと大まかに呼ばれている②の分野の作品と、①の学問としての「ART」もしくは現代アートは全くもって別物です。なので②に属している方が、例えばドイツで作家活動をして行くことが、日本に比べて容易になるのかと聞かれれば、絶対的にNOです。

理由は大きく分けて2つです。

  1. 欧米は①に属する現代アート作品の露出が多く、レベルが高い。
    上に書いたように「アート業界が活発な欧米」ということを裏を返せば、それだけレベルが高く、それだけ業界の人口が多いわけです。ギャラリーは契約アーティストを抱える形がほとんどですので、入れ替わりも少なく、新規アーティストを常に探しているわけではありません。そして上でも言いましたが②に属する作品は、①に属する業界ではあまり評価を受けません。上手い絵を持ってこられても、「うまいね」で終わります。そういうわけでいきなり欧米のギャラリーを探し、こちらで活動を開始するのは無謀と言わざるを得ません。 なので私は時間をかけてこちらで評価を受けれる方法を模索するために、ドイツの美大ディプロマのために2年準備して、5年大学に通いました。7、8年掛けてもまだまだの場所。
  2. 欧米で②に属する世界で戦う難しさ。
    とは言いましたが、もちろん欧米にも②に属する世界をアートとして捉えていない人がいないわけではありません。教育や業界の露出度もあて、日本人の感覚より少し①と②の区別がついているかなとは思います。②の業界に属するギャラリーだってもちろんたくさんあります。作品の単価は①のギャラリーに比べて下がりますし、アートフェアのレベルや価格帯だって様々です。ただここで忘れてはいけないのが、島国の日本と欧州、アメリカの様々な状況の差です。英語が通じるし、EU加盟国間ではビザがいらないし、税金も掛からないし。ということで画家、イラストレーター、デザイナー、クリエイターの人口が他の国からの移民で既にかなり多く飽和状態です。ドイツでは数十万人のうち、ちゃんと活動できている作家は上位2%だと言われるほどです。多くて難しいからやめたほうがいいなんてことは言うつもりはありません。ただ、例えばこちらに住むことのリスク、ビザの内容(アーティストビザを取ったらそれ以外の所得はほとんど認められないとか)。 住まないとしたら、展示の度の渡航費、作品輸送費。こちらのあまり有名ではないようなギャラリーと仕事をして、様々なことを天秤にかけるほどの価値があるのか?ということをもう一度分析してほしいなと思います。

結論として、「難しいからやめておけ」ということが言いたい記事ではありません。難しい理由を今ここで思いつく限り挙げるので、ご自身の作品がどういうものなのか、欧米で活動するメリットや、日本で活動できない理由など、多角的な分析力をつけて打破していってください。ということを伝えたいんです。
ドイツで知り合った在独の日本人作家で、結局うまく活動できなくてドイツを去った人がいたり、別のことで生計を立てていたり、いろんな人に出会いました。多くの話を聞いていると思うことは、「そんなこと絶対にもっと早い段階で解析できたんじゃないか」ということです。24歳の頃にドイツに来たあの頃の自分にも同じことが言えます。
ドイツのアートフェア等で知り合った、私の記事を読んだと声をかけて頂いた、日本から展示のために来た作家の方も多くいます。渡航費や滞在費、展示費を考えるとかなりの出費だと思います。「海外でチャレンジをした」と映るかも知れません。ですが、分析も解析もせず何の成果もなければ、それは「別の国で展示をした」ということに止まるだけになると思います。それはお金さえ払えばどんな人だって可能です。じゃあなにをしに海外で展示をしに来たのかということです。外国人に作品を売りたいんだったら、日本に観光に来ている外国人に売れば済む話です。「他の国で展示をする」ということがキャリアに必要?ヨーロッパだと国境を徒歩でもまたぐだけで、「他の国」なわけですから、それがそんなにも価値があるのでしょうか。あるとしたらどこに付加価値が付くのでしょうか。

日本で聞くセリフがあります。
「目の肥えた外国人達に、評価を受けた」「見知らぬ土地で、大盛況のうちに展示が終わった」
外国人が全員、美術を判断できる目を持っていると思いますか?
むしろ見知らぬ土地だからこそ、物珍しがって最初は人が寄って来るんじゃないのか?欧米人はリップサービスがお上手です。オープニングパーティで盛況だったのはギャラリーや、アートフェアであって、別に自分の作品が盛況だったかどうかの判断にはなりにくいと思います。

なので、行けばなんとかなると期待をしてなんでもやってみることは確かに大切だと思いますが、その前に現地状況を分析してから取捨選択を行うことで、さらにその収穫量とその確率を増やすことができるはずです。

 

もう少し踏み込んで
具体的なアイデアを考えてみる

ここまでいろんな人に当てはまるように、分析力と行動についての大まかな話をしてきました。最後に何かヒントになればいいなと思うので、私が今パッと思いつく内容で、具体的なアイデアを考えてみます。長々と書いてしまうと思うので、先に結論として、この記事全体で伝えたかったことを書きますと、

多角的に、多様的に分析して、計画を立てて
目的を持って活動すれば、絶対に答えは見つかると思います。

自分の作品がどんな作品なのか
それはどんな人に届くのか
自分の目指すゴールはどこにあるのか
そのゴールにたどり着くのは逆算的に、どうすればいいのか
何年くらいかかるものなのか
そしてどこの国で活動するのがいいのか

成功する人と、成功できなかった人との違いは、作品の良し悪し以前に
この分析と解析がうまくできていたかどうか、そして計画を立てられていたかどうかの違いです。

結果的には作品の良し悪しに収束するのは、この業界は特にそうかも知れません。ですがその部分で葛藤して、苦労しているのは絶対に幸せな人生だと思います。そんなのどのレベルに行ったってみんなそれで苦しんでいるに決まっています。問題なのはそれ以前の部分で悩む場合なはずです。そしてその悩む原因が、分析不足と計画不足にある、ということです。

今はオンラインで作品を販売する、プラットフォームも増えて来ました。ここ最近SNS等で露出度が高いのはSINGULART(https://www.singulart.com/)だったりは手が出やすいかも知れませんね。もちろん有名どころだとARTSY(https://www.artsy.net/)だったり。コロナの影響で有名なアートフェアもオンライン販売で済ましたところもあります。作品をもっと多くの人に、世界中の人にマーケットを広げたいという、販売を視野に入れている方はもっとSNSをうまく利用すると良いと思います。Instagramの人気で作品販売ができることも結構多いようです。
そうすれば作品は売れるまでは手元に置いておけるし、渡航費も展示費用も無駄に掛からないですね。

アートフェアにだけフォーカスしないで、ギャラリーに事前に個人的に連絡をしてアポを取ってアプローチすることも簡単にできる時代です。インターネットを使えばギャラリーの活動や、契約アーティストの様子だって何でもわかります。数日間しかなく、さらに参加アーティストが数百数千いるようなアートフェアに出て、声がかかるのを待つ、作品が売れるのを待つよりは絶対に建設的だと思います。

コンクールにも種類やレベルがあります。どんなものが自分に合っているのか、合ってなくても手当たり次第に送ってみるのか。英語で検索をしてみるだけで、応募できるコンクールの幅は何十倍に増えるはずです。日本だけで完結する必要は全くありません。むしろインターネット上での書類、作品データ提出で第一審査が進むものが多い昨今。ということは、現地に行って作品を持っていく手間と費用を考えればお得でしかないはずです。ノミネートされてから作品展示に話が進むものがほとんどなはずですから、まずは応募して、ノミネートされてからいろんなことを考えてみればいいと思います。

 

 

日本でうまく活動できない。だからアートが盛んな海外でやってみた方がチャンスがある。
という考え方は、本当に単純でなんの根拠もない浅はかな考え方だと思います。誰が言ったかわかんないこのセリフ。
日本で活動できないのはなぜなのか。アートが盛んってどういう意味か。海外ってどこの国を指すのか。盛んだった場合そこに自分が参入する隙はあるのか?
考えて、分析できることは山ほどあります。
ただ、考えすぎないで欲しいということは、「失敗した時のリスク」です。チャレンジっていうことは常にそういうリスクを抱えているもので、あまり先すぎる将来に不安になってチャレンジを諦めるのはもったいないと思います。

私は、人生は全部「取捨選択」の繰り返しの上で成り立っていると思っています。後悔しない選択というのは、自分の過去未来の「取捨選択」に後悔をしないということだと思います。それはつまり自分の選択に合理的な言い訳をしないことだと思います。

そのためには、様々なことをちゃんと分析をして出来上がった自分の判断に納得をすればいいのではないかなと思っています。

この記事を書くのにいろいろあって1ヶ月くらいかかってしまいました。そのため支離滅裂で非常に読みにくいなと思うのですが、ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。なにかみなさんの次の判断に役立つ内容が少しでもここにあったら嬉しく思います。

 

 

Masaki Hagino
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twitter: @masakihaginoart

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http://mskham.com/2020/08/07/post-472/feed/ 2
日本人作家に足りない講評力の話 http://mskham.com/2020/06/24/post-409/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-409 http://mskham.com/2020/06/24/post-409/#respond Wed, 24 Jun 2020 04:30:24 +0000 http://mskham.com/?p=409

 

今回は日本、アメリカ、ドイツ美大留学を経て、現在オランダで活動していて思う
日本の美大生、そして作家に足りない「美術作品講評力」について話してみようと思います。

先に少し前提のお話をして、講評とはなんぞやっていう話をした後に、自分のお手軽講評トレーニングをお教えします!

美術作品講評と
日本文化

作品講評力とは、そのままの意味で、ここでは美術作品を言語化して講評できる力のことを指そうと思います。この「講評する」という行為そのものが日本の文化的に、日本人はとても苦手なのかなと思っています。作品の講評で培われる能力を先に説明したいと思います。
・自分の思考の言語化力。
・相手の講評を聞くことで、新しい観点を発見すること。
・新しい知識の発見
・美術的思考力の向上
などが挙げられます。詳しく説明する前に少し別の話。

そもそも現代の日本文化というか、日本人的な感覚でいうと、自分が認めていない(つまり立場的に上にいる人以外に)意見を言われると不快に感じる人も多いのではないでしょうか。美大でも講評とは基本的に教授が学生の提出作品に対して一方的に行うことが非常に多く、学生同士で意見交換が頻繁に行われるようなものでもありません。欧米だと自分は自分、相手は相手と捉えている人が多くて、良くも悪くも相手の意見対して不快に感じるということもなく、結果的に意見を意見として攻撃だと感じない人が多いと思います。逆に日本文化で育った日本人的には、「相手に自分の意見を伝える」ということを、攻撃的に感じ取ってしまう人が多いのかなという印象。これはなんでかというと、日本は社会に溶け込めるように、「周りの人と同じ事ができること」という教育が根付いているからですね。「こうしたほうがいい」「こうでなきゃいけない」ということをお節介で相手に伝えているケースが多くなってしまうため、意見が「注意」に聞こえてしまうことが多いのかなと思います。

 

作品を展示して、知らない人が見にきて「ここはいいけど、ここがよくないね」と言われたとします。みなさんはその人のことをどう思うでしょうか。
「何様だよ」とか、「ほっとけよ」とか「あなたに何がわかるんですか?」とか。そう思うのは不思議なことではないように思います。「へーそう思う人もいるんだ」と思って、「なんでそう思うのか」ということをもっと詳しく聞けると、その人はこういう理由でそう映るんだ!ということを「ある第三者の意見」としてニュートラルに受け取れるのかなと思います。
相手の意見は、ひとつの意見として深く捉えすぎないことが大事かなと思います。

 

欧米の文化に思う事
欧米の美大の形態

10年以上欧米の文化で生活して、展示をしていると、日本と違う部分にたくさん気づきます。その中でも上記の部分は大きなことのひとつかなと思うんです。良くも悪くも人の目を気にしないし、人の意見もあまり深く気にしない人が多い。これは相手と自分に対しての「自由」を尊重しているようにも見えます。自分が「親切心で言ってあげたのに!」というようなことでも、相手は受け入れないことも多くあります。自分が相手に言う内容も自由だし、それを相手がどう捉えるかも自由です。必要以上にこちらの意見を押し通したり、通らなかったことに不快感を感じたりすることは、ある種「支配的な性格(dominant)」に映りますし、「自分の意見を通したい人(self-opionated)」に見えてしまいます。

この「自分の意見を伝えて、相手の意見を聞き入れる」という作業は、子供の頃から欧米の子供たちは教育として学んでいます。日本のように先生が板書していることをノートに写すような授業形態よりも、円になって子供たちが自分たちの意見を言い合うという授業がとても多いからです。第二言語の文法を学ぶという授業よりも、みんなの前で日記を読んだり、それぞれ役割になってアドリブでやりとりをしたり。

そんなこんなで欧米の美大では、日本美大とは比較にならないほど、生徒間の意見交換が多いと思います。共同アトリエにいる状態から意見交換はもちろんですが、月に数回行われる教授との個別講評の時や、課題提出の際やプレゼンの時など、教授と1対1の講評ではなく、学生が発言をして…一人につき1時間以上の講評になることは割と普通にあることです。
ドイツの美大では講評会みたいな授業(Colloquium)があって、他学科の学生が集まって週替わりで一人か二人ずつ作品をプレゼンして、教授を含め生徒たちで講評をするだけの授業もあります。

 

講評がなぜ大切なのか
講評力とはなにを指すのか

さて文化的な話から美術の話に戻ってくると、講評ということがなぜ大切なのかということになります。端的に言うとその答えは「自分の考えを言語化する」という作業に行き着きます。この言語化が本当に本当に大切だと思います。自分の作品をプレゼンすること、そして相手の作品を講評すること。これらの作業は、自分の作品の内容を言語化するという作業です。この色がいいと思った、ここがかっこいいと思った。なんていう内容ではなく、なぜ良いと思ったのかという思考の言語化が、講評には必要ですし、その結果自分の作品を作る際にもその力が生きてきます。

日本の美大生は本当にプレゼンが苦手。このブログで伝えている「学術的なコンセプト」が足りないということが大きな要因だとは思いますが、自分の感情や美術センス、共感性をテーマにしている作品が多いため、いざプレゼンとして論理的に相手に何かを伝えるとなった時に、難しくなってしまいます。そうなるとプレゼンが「技法の説明」だけになってしまって、自分が何をやりたかったか(過去形)の説明になったりします。

なのでこの内容の有無に加えて、抽象的な内容をはっきりと言語化するという作業は日本作家的に言うと苦手なのかなとも思います。一昔前だと、「作品が語るもので、作家が語るものではない」と言っている人も多かったと思います。なので「無題」みたいな作品が多かった時代があったり。 個人的に思うことは、作品が語るのは当然のことで、それが作家が語らないでいい理由にはなり得ないと思います。別に両方語ればいいし、作家が詳しく説明することで、相手が作品をもっと感じ取ることができることもあるだろうと思います。昔の日本人作家がいうそれは、作品が学術的ではないが故(時代的にもそれが主流だったとして)、作品に相手への共感性や、感受性を求めていて、相手に作家の意図を汲み取らせるということ自体、つまり”ぽい言い方”をすると「作品との対話」が必要だと考えているため、作家は黙っとけよっていうことかなと思います。
ただ美術の流れっていうのはすごい勢いで流れていて、美術が作品の模倣を禁止としている性質を持っている以上、その考えをつねにフォローしていく必要があるわけではありません。

現代アートはどんどんと難解になっていくし、コンセプチュアルになってきています。シンプルを追求した作品も難解な上でのシンプルとして成り立っていて、なぜこれが新しいのかということを、見ている人側だけでは判断しにくい作品も多くなってきています。別に全部作家が語る必要があると言っているわけではなく、作家がもっと表に出て、作品の内容や自分の表現したいことについて言語化していくことが、悪いことではないと思います。

そんな理由で、欧米の美大は講評が大切だと認識して、授業形態にも多く取り組まれています。
相手の作品を講評するためには、講評力が必要になります。これは上で挙げた言語化についてとはまた別の能力です。単純な「この作品が良いか悪いか」を判断する力です。それは個人的な趣向の話だけではなく、なぜ良いと思うのかの理由を自分で説明できる力ですね。多くの場合は比較対象の知識、この場合は美術史などの美術的知識がないと、相手の作品を講評できません。そう言った意味でも美術史があまり重要視されていない日本美術文化だと講評が苦手なのも納得できますね。

特に常に新しさを求められている現代アートの中では、講評の中に「何が新しいのか」ということを絡めることが多くなるでしょう。このことはつまり過去の美術史を全て頭に入れておかないと判断できない内容なわけです。この新しさというのは別に全く新しいということでなくてもいいんです。研究対象としてこの作家をオマージュしているけれど、この一部分がこの作家と大きく違う点だ、という「重箱の隅をつつく」ほどの小さなことでも美術では構いません。ただどんなに小さいことだったとしても、研究において新しいものは新しいのです。

そういうわけで講評力に必要なことは、
知識や経験という自分自身の「美術力」みたいな力と、
その知識から来る思考を「言語化」できる力が必要。

 

講評力のトレーニング

私は二十歳の頃、短期アメリカ留学の際に大きな挫折を経験して、そこから美術史の大切さを学んで、美術を学問として捉えて勉強することを始めることができました。その一環として始めたことは、講評トレーニングです。
銘打ったものの簡単なことで、自分が見にいった展示の資料をまとめたり、ノートに作品の講評を勝手に行うというだけの作業です。

最初は美術関係の本をたくさん読むことから始めました。美術の本には大きく分けて2つあって、学問的に解説を行なっている本か、作品を講評している本です。わかりやすく言えば美術手帖とか、雑誌とかは後者になるのですが、後者を読むことで他のプロの人が行なった講評を知ることができます。その人の講評が優れているかどうかは置いておいて、学ぶことはきっと多いと思います。

そして自分で美術館に行ったり、ギャラリーの展示に行ったりしたら、写真を撮って(海外だと撮影OKなんですが、日本だったら資料をもらうとか)後日自分でその作品がなぜ優れているのか、またはなぜ自分が優れていないと思ったのかをちゃんと言語化して、残しておきます。しっかりと言語化していくことでトレーニングになるし、この言語化の作業は自分の制作に必ず返ってきます。

作家にとってなぜ講評できるといいのかというと、
相手の作品を講評できるようになると、自分の作品も客観視して見ることができるようになるからです。
自分の作品は本当に正しいのか、良い作品なのか、そういったことを制作の段階から質の高い自問自答ができるようになります。言わずもがな、その思考プロセスは良い作品を生むはずです。

私は毎日作業終わりに、今日の進捗を写真で撮って、制作日誌をつけて1日を終わりにします。そうすることで、自分の作品が向かっている方向が正しいのかを毎日軌道修正することができます。明日やらなければならないことをまとめて、次の日の朝作業を始める前にそれを読んでからスタートします。1日のゴールも見えているので毎日の制作のモチベーションにもなりますし、常に言語化していくことで、常に自分の作品やコンセプトを深化させていくことができるのでおすすめです。
(私はiPadのgoodnoteというアプリで写真を貼り付けて、その横にapplepencilで手書きで日誌を書いています。手軽に写真付きの日誌が書けるのでオススメです。)

 

 

ちょっと久しぶりの日本語で、支離滅裂になってしまった気がしますが…
更新が少し空いてしまってすみませんでした。これからまた少しずつ更新を再開します。

Masaki Hagino
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【本紹介】オススメの美術哲学の本 http://mskham.com/2020/05/04/post-458/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-458 http://mskham.com/2020/05/04/post-458/#respond Mon, 04 May 2020 14:25:03 +0000 http://mskham.com/?p=458 自粛中、読書が捗りますね!庭に椅子を出して日光を浴びながら読書をするだけで、少し元気になる気がします。
本紹介の記事が割と好評な様子ですので、こまめに挟んで行こうかなと思います。

今回は美術哲学の本をご紹介。

Philosophers on Art from Kant to the Postmodernists: A Critical Reader

Philosophers on Art from Kant to the Postmodernists: A Critical Reader
Edited by Christopher Kul-Want

COLUMBIA UNIVERSITY PRESS
(画像からリンク先に飛べます。画像の左下にあるGoogle Previewを使えば、試し読みができます。)

美術哲学の分野は、割と多岐に渡って、非常に読みにくいものだったりします。ドイツ哲学者も多く、原文を読もうと思えばドイツ語が必要ですし、ドイツ人でさえ難読なものだったりします。日本語に訳されているものでも、かなり形式張った訳なので聞いたことのない日本語がつらつら並んでいることも多いので、ドイツ語が読めない方は英語に訳されているものが一番読みやすいのかなと個人的には思います。

美術哲学とは哲学の分野の中の小さなひと部分で、哲学の考え方を美術に当てはめている、または応用している内容なので、各哲学者がそれぞれ少しずつ言及しているような場合も。そういったわけで、この本は20人の哲学者の美術的アプローチの部分をまとめている本で、非常に読みやすく、そして一度に20人分の考えを知ることができてとてもお得!

サイトの紹介文を引用させて頂くと…

Here, for the first time, Christopher Kul-Want brings together twenty-five texts on art written by twenty philosophers. Covering the Enlightenment to postmodernism, these essays draw on Continental philosophy and aesthetics, the Marxist intellectual tradition, and psychoanalytic theory, and each is accompanied by an overview and interpretation.

The volume features Martin Heidegger on Van Gogh’s shoes and the meaning of the Greek temple; Georges Bataille on Salvador Dalí’s The Lugubrious Game; Theodor W. Adorno on capitalism and collage; Walter Benjamin and Roland Barthes on the uncanny nature of photography; Sigmund Freud on Leonardo Da Vinci and his interpreters; Jacques Lacan and Julia Kristeva on the paintings of Holbein; Freud’s postmodern critic, Gilles Deleuze on the visceral paintings of Francis Bacon; and Giorgio Agamben on the twin traditions of the Duchampian ready-made and Pop Art. Kul-Want elucidates these texts with essays on aesthetics, from Hegel and Nietzsche to Badiou and Rancière, demonstrating how philosophy adopted a new orientation toward aesthetic experience and subjectivity in the wake of Kant’s powerful legacy.

COLUMBIA UNIVERSITY PRESS

(日本語訳)
クリストファー・クル=ワントは、ここに初めて20人の哲学者による芸術に関する25のテキストを集めました。啓蒙主義からポストモダニズムまでをカバーするこれらのエッセイは、大陸哲学と美学、マルクス主義の知的伝統、精神分析理論に基づいており、それぞれに概要と解釈が添えられています。

この巻では、
ゴッホの靴とギリシャ神殿の意味についてのマルティン・ハイデガー、
サルバドール・ダリの『ラグブリウス・ゲーム』についてのジョルジュ・バタイユ、
資本主義とコラージュについてのテオドール・W・アドルノなどが取り上げられています。
写真の不気味な性質についてのウォルター・ベンヤミンとロラン・バルト、
レオナルド・ダ・ヴィンチとその解釈者についてのジグムント・フロイト、
ホルベインの絵画についてのジャック・ラカンとジュリア・クリステヴァ、
フランシス・ベーコンの内臓的な絵画についてのフロイトのポストモダン批評家ジル・ドゥルーズ、
デュシャンの既製品とポップアートの双子の伝統についてのジョルジオ・アガンベン。
Kul-Wantは、ヘーゲル、ニーチェからバディユー、ランシエールに至るまでの美学に関するエッセイでこれらのテキストを解明し、カントの強力な遺産をきっかけに哲学がどのように美的経験と主観性に対する新たな方向性を採用したかを示しています。

(*訳が苦手なので、DeepL Translatorにほとんど任せました。最近知ったネット翻訳ですが、Google翻訳よりはるかにいい翻訳をしてくれますのでオススメ。)

カント、ヘーゲル、ニーチェ、フーコー、ハイデガー、フロイトなど誰もが知っている哲学者以外に、ポストモダニズムの哲学者などなど20名。私はもちろん哲学者に詳しくないので、有名どころしか名前は知りませんでしたが、本当に勉強になりますし、非常にわかりやすく説明されています。上記の説明を見れば一目瞭然ですが、それぞれの哲学者がそれぞれの美術テーマ、もしくはひとりのアーティストに絞って話を進めています。

この主観性に対する哲学的アプローチが、私の研究のメインの部分になるので、非常に参考になった本の一冊でした。

 

絵画空間の哲学


絵画空間の哲学―思想史の中の遠近法 (改装版)
佐藤 康邦【著】

この本は、日本で学生だった頃、古本屋で偶然見つけた本でした。ドイツ哲学をベースに絵画の遠近法を、バロック、ルネサンス、印象派に渡って例を挙げ細かく解説をしています。後半はカントとヘーゲル、そして岸田劉生についての考察・解説がまとめられています。
酷評になりそうですが… 美術史と哲学を合わせてとても勉強になる本ですが、この著者の佐藤康邦さんの文章というか日本語が、とても癖があります。ドイツ哲学の日本語訳は非常に不自然で難解なのですが、この方はきっとそのような本をたくさん読まれているため、結果的にこの人の文章も非常に難解です。ひと文に句読点が少なく、非常に長く、どれが主語だったかを見失うほど。あと専門用語とか外来語が注釈なしに出てきたり、○○的という言葉を多様していて、すごく読んでいてモヤモヤします。(人格的倫理的問題とか、○○的を二重に使ったり)例文としてこちら。

…、しかしそれは即座に次のような意義をあわせ持つ。すなわちたとえばゴッホによって「自然を自分の目で見る事」を教えられ、「肉眼で見る以上の美がある事」を教えられたのであり、それは差しあたりは伝統的な権威に反抗する気持ちや新しいものへの好奇心を満足させるという意味を持ったが、やがて、それよりずっと深いもの、すなわち「芸術は宗教のようなもので興味ではない」という意識を呼び覚まされるという意味を持ったという。… P217 4行目より抜粋

すなわちたとえば…すなわち?

少し癖がありますが、読み慣れてくればかなり勉強になるので内容的には非常にオススメです。絵画の中に空間を生み出すということは、二次元上になにかを描く上で非常に重要なファクターです。「二次元の中に空間を作る」という作業は、単純に言えば錯覚等を利用したイリュージョンです。その錯覚を生み出すのは、目の構造だったり、脳科学だったり、心理学や哲学などの分野で解析されて説明されています。どうなれば人間は二次元上で空間を感じるのだろう?というのは、人間側のシステムを理解し、描写側のシステムを深化させることで様々な要素を持たせることができます。画家たちはそういった研究を、バロックの時代から絵画という二次元上で進めてきました。この本はそういった過去の偉人たちの研究を追うことで、絵画空間とは何かということを理解するのに非常に役立つように思います。

 

今回は美術哲学の本を2冊ご紹介しました。次の本紹介の記事は、脳科学か神経科学、もしくは心理学の絵画表現についての本を紹介できればなと思います。
オススメの本があれば皆さんも是非コメント欄で教えてください!

 

Masaki Hagino
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【あつ森】つねきちの美術品を解説 part 2 – レオナルド・ダ・ヴィンチ http://mskham.com/2020/05/02/post-443/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-443 http://mskham.com/2020/05/02/post-443/#respond Sat, 02 May 2020 14:39:18 +0000 http://mskham.com/?p=443

 

結局全然つねきちに出会えておらず、絵画をゲーム内では集められておりません、Masakiです。
今回もNintedo Switchのゲーム「あつまれどうぶつの森」(Animal Crossing: New Horizons)に登場する美術品を、美術史をもとに解説していきます。今回はレオナルド・ダ・ヴィンチの3つの作品をまとめて紹介します。
ウィトルウィウス的人体図』1487年頃 -Leonardo da Vinci (レオナルド・ダ・ヴィンチ) (アカデミックな絵画)
白貂を抱く貴婦人(しろてんをだくきふじん)』1490年頃 - Leonardo da Vinci (レオナルド・ダ・ヴィンチ) (たおやかなめいが)
モナ・リザ』1503年頃- Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ) (ゆうめいなめいが)
の3作品です。かなり後ろの方になるとは思いますが、ひとつずつ解説を進めて行きますね。

(正直に言うと、レオナルド・ダ・ヴィンチを解説するのはめちゃめちゃ怖いです。研究が今もなおされている画家で、彼の作品に込められている膨大な研究と実験は、専門家でもいろんな見解があり謎が多いものだからです。嘘の情報は伝えないつもりですが、専門的に正しくない書き方をしてしまった場合には、すぐに訂正しますのでコメント欄で教えてください。)

レオナルド・ダ・ヴィンチという天才

後に、「万能の天才」と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチ。日本では「ダ・ヴィンチ」として親しみがありますが、美術史の中ではレオナルドと呼ぶようになりつつあります。なんでかというと、ダ・ヴィンチという名前はヨーロッパでたまにある苗字の取り方なんですが、「ヴィンチ村生まれの」という意味になるのだとか。
絵画の解説を進めたいので、人物史の部分はざっくりといきますね。 レオナルドは美術だけではなく、解剖学、天文学、気象学、物理学、建築学、地学、力学などなど様々な分野で活躍をしていた天才の中の天才でした。レオナルドの代表作『受胎告知』『最後の晩餐』などでも知られるように、レオナルドの絵画で共通している特質な点は、彼の完璧主義な部分と多方面な知識によって出来上がる、理論的な絵画だったことです。(これだけでも覚えて帰ってください。)今となっては絵画を描く上で「こうしたらこう見える」とか、「人間はこういう構造をしているからこう描く」とかそういう絵画理論を初めて実践的に行った人だったと言っても過言ではありません。『モナ・リザ』にも見られる、実際には存在しないはずの「輪郭線」を描かないフスマート技法や、『最後の晩餐』にはっきりと見られる、消失点に向かって遠近線が収束される一点透視法、奥の山などが霞んで見えるように描く空気遠近法など、現代の絵画では当然となっているような描画技法を積極的に使用した人でもあります。

Painting showing Jesus, naked except for a loin-cloth, standing in a shallow stream in a rocky landscape, while to the right, John the Baptist, identifiable by the cross that he carries, tips water over Jesus' head. Two angels kneel at the left. Above Jesus are the hands of God, and a dove descending
The Baptism of Christ (1472–1475) by Verrocchio and Leonardo,
By Andrea Verrocchio, Public Domain, Link

14歳で、フィレンツェで有名な彫刻家ヴェロッキオに弟子入りをします。その際に二人で共同制作を行った『キリストの洗礼』(上の作品)は高い評価を受けることになりました。ヴェロッキオはレオナルドのあまりに卓越した才能に、この絵画の完成後、自信を失くし自らの筆を折り、その後絵画を描くことはなかったとさえ言われています。
その後レオナルドは様々な貴族に認められパトロンについてもらうことになり、教会や貴族からの依頼によって作品を残していきます。ですがレオナルドは自分の作品にサインを残さなかったことが原因で、レオナルドの絵画作品だと分かっているものは(諸説ありますが)13点から約20作品ほどだけとなっています。完璧主義だったこともあって、一つの依頼に何年もかけるほどの遅筆と研究量。ドローイングは約900点ほど残っているとされており、そのドローイングでさえも作品としての価値があると言われれています。

 

ルネサンスという時代

美術史を知るためには、その前後の時代について知る必要があります。基本的に美術史の世界は「アンチテーゼ」が基本になっています。それまでの時代に対して、「いや違う!これが正しいんだ!」ということが批判され評価され、新しい時代が生まれていくということです。

ルネサンス以前の時代は、12世紀後半からゴシックの時代です。建築が中心だった美術形態から絵画が注目されていきます。その中でもイタリアではフィレンツェ派シエナ派と呼ばれる大きな派閥が存在していました。その中でも有名な画家の一人がジョット・ディ・ボンドーネGiotto di Bondone、1267-1337)です。その後のルネサンスに影響を与えた、西洋絵画の父とまで言われる画家です。

その言葉に「再生」、そして古代ギリシャ、ローマ文化の「文芸復興」という意味を持つ、ルネサンスは14世紀イタリア・フィレンツェで栄えた時代で、15-16世紀前半に最盛したと言われています。この時代の三大巨匠と言われるレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロこそがこの盛期ルネサンスを代表する画家です。ルネサンスは絵画だけでなく建築などにも見られる時代の流れですが、絵画において古代ギリシャ・ローマ文化の文芸復興という意味は、ヒューマニズムにあります。見えたままに人々を描く写実性を通して、感情さえも見て取れるような自然のままに描くということを意識しました。今では当然のことのように見えますが、当時はキリスト教が世界の中心だった時代。キリスト教絵画では「神はこう描かれなければならない」というお決まりの絶対ルールがありました。キリスト教絵画の発信は、識字率が低かった当時、布教のためにと考えられた一つのアイデアです。「文字が読めない人にも、キリスト教を伝えよう」ということで、絵を使うことが始まりです。ですが一神教であるため、偶像崇拝は禁止。(つまり神様の人形を作って、その人形を神だと思って祈るのはダメ。神は天に一人だけ、ということ)そんな厳しいルールがあったのですが、この絵画作戦は布教の為に除外しましょう、ですので絵画の中の神はあんまり本物っぽく描かなくていい。内容を伝える為だけの絵画だから。ということがルネサンス以前には当然のルールでした。

Giotto Ognissanti Madonna white ground.jpg
荘厳の聖母, (1310年頃), 板にテンペラ, 325cm x 204cm, ウフィツィ美術館 By Giotto di Bondone – downloaded file from Wikimedia Commons, Public Domain, Link

ジョットの作品を見てもらうとわかると思いますが、レオナルドの作品に比べて まだまだ顔の描き方に人間味が感じられません。後期ゴシックで、ルネサンスに影響を与えたとされるジョットの作品ですらこのような描き方をしていました。他にも背景の書き込みの無さだったり、顔の大きさがみんなほとんど同じで遠近感が感じられません。

Leonardo Da Vinci - Annunciazione.jpeg
受胎告知』、1475年 – 1485年、板に油彩とテンペラ 寸法 98 cm × 217 cm ウフィツィ美術館レオナルド・ダ・ヴィンチ , パブリック・ドメイン, リンク

そんな150年後、レオナルドが描いているこの最初期の完成作品。背景にはうっすらと空気遠近法が用いられ、建物の線には透視図法。草花やレンガの細かな描写まで描かれている作品です。左手のガブリエルの羽も、鳥の羽を研究して描かれています。
レオナルドが、そしてルネサンスが、いかに同じキリスト教の題材で違う絵画を描いているのかがわかると思います。

 

ウィトルウィウス的人体図

 

Da Vinci Vitruve Luc Viatour.jpg
ウィトルウィウス的人体図』1487年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ – Leonardo Da Vinci – Photo from www.lucnix.be. 2007-09-08 (photograph). Public domain, Link

さて、話がようやく戻ってきましたが、レオナルドの絵画作品の話。上にも挙げましたが、レオナルドは10数点の絵画の他に約900点のドローイング、スケッチ、メモなどが残されています。この『ウィトルウィウス的人体図』もその中の一つ。英Vitruvian Man (ItalianL’uomo vitruviano ; originally known as Le proporzioni del corpo umano secondo Vitruviolit. ‘The proportions of the human body according to Vitruvius’) なぜこのようなタイトルかと言うと、マルクス・ウィトルウィウス・ポッリオMarcus Vitruvius Pollio, 紀元前約80-15年頃)というローマ時代の建築家が残した、De Architecturaという本に書かれていた内容を元に視覚化したものが、この人体図です。Wikipediaからの引用ですと、レオナルドはこの中の第3巻1章2節から3節の内容を視覚化しているとされています。

顎から額、髪の生え際までの長さは身長の1/10で、広げた手の手首から中指の先までも同じ長さである。首、肩から髪の生え際までの長さは身長の1/6で、胸の中心から頭頂までの長さは身長の1/4である。顔の長さは、顎先から小鼻までの長さ、小鼻から眉までの長さ、眉から髪の生え際までがいずれも顔の長さの1/3となる。足の長さは身長の1/6、肘から指先まで、胸幅は身長の1/4である。これらの他にも人体は対称的に均整がとれており、この対称性を用いて古代からの画家、彫刻家は後世まで賞賛される作品を創り出すことができた。
人体と同様に神殿も様々な箇所が対称的に均整がとれ、建物全体として調和していることが望ましい。人体の中心は宇宙の中心と同じである。人間が両手両脚を広げて仰向けに横たわり、へそを中心に円を描くと指先とつま先はその円に内接する。さらに円のみならず、この横たわった人体からは正方形を見いだすことも可能である。足裏から頭頂までの長さと、腕を真横に広げた長さは等しく、平面上に完璧な正方形を描くことが出来る。
 The Project Gutenberg eBook of Ten Books on Architecture, by Vitruvius

解剖学にも精通していたレオナルドが、人体を正確に描くということをどれだけ真剣に研究していたのかが伺えるドローイングの一つです。本人にとってはただの研究のメモの1ページに過ぎないのかも知れませんが、このレオナルドがのちの絵画に多大な影響を与えたのは言うまでもありません。

 

 

白貂を抱く貴婦人

The Lady with an Ermine.jpg
伊: Dama con l’ermellino、英: Lady with an Ermine 1483-1490年頃 Leonardo da Vinci – Frank Zöllner (2000). Leonardo da Vinci, 1452-1519. Taschen. ISBN 38-22859-79-6, Publiek domein, Koppeling

白貂を抱く貴婦人』 1483-1490年頃 木版にテンペラと油彩 54.8 x 40.3cm

現在ポーランドの国立美術館所蔵、そしてポーランドの国宝となっているこの作品。このモチーフの女性はCecilia Gallerani。当時レオナルドが貴族画家として仕えていたミランの  Ludovico Sforza公爵の妾だった女性です。レオナルドの描いた女性の肖像画はこれの他に3点 『Mona Lisa(モナ・リザ)』『 Ginevra de’ Benci(ジネヴラ・デ・ベンチの肖像)』, 『La belle ferronnière(ミラノの貴婦人の肖像)』があります。レオナルドは生涯こだわって、このように左を向く人体構造を描いていました。

貴族絵画では、その人物の高貴さや裕福さを象徴するようなものが、画面の中で追加で描かれることがあります。この絵ではこの白貂がそうです。この白貂(エゾイタチ、アーミン)とは(オコジョまたはフェレットだったという説がありますが、)当時貴族の間でペットだったり毛皮としても人気が高く上流階級を象徴する動物でした。この時代「冬毛のアーミンは(狩人に捕まって)純白の毛皮を汚されるよりも死を選ぶ。The ermine out of moderation never eats but once a day, and it would rather let itself be captured by hunters than take refuge in a dirty lair, in order not to stain its purity.」と信じられていたため「純潔の象徴」とされていたそう。さらにそういった理由で勲章のエンブレムのシンボルとしても使われていたアーミン勲章(Order of the Ermine)を1488年に王から受勲したLudovico公爵へ向けたものだともされています。またアーミンのギリシャ語が galê (γαλῆ) or galéē (γαλέη) というようで、この女性の苗字のGalleraniの名前とかけていたともされています。さらには、1491年に生まれた男の子がいたのですが、この子供のように大事に抱かれているこのアーミンは、Ceciliaの妊娠を象徴していたのではないかという説も。

今まで述べてきたように、人物画に人間味のあるやわらかな表情に、『モナ・リザ』の右手にも共通するような精密に、そして丁寧に絵が描かれた右手の様子が、レオナルドが研究に研究を重ねて何度も描いている構図だということが見て取れます。

ちなみにレオナルドの油絵作品は、保存状態が悪いものが多く、これまでの歴史の中で修復が何度も行われているものがあります。この絵の背景も同じように状態が悪かった部分を19世紀頃に修復されており、以前はこのように真っ黒な背景ではなかったようです。

 

モナ・リザ

 

Mona Lisa, by Leonardo da Vinci, from C2RMF retouched.jpg
Mona Lisa(伊: La Gioconda、仏: La Joconde), Door Leonardo da Vinci – Cropped and relevelled from File:Mona Lisa, by Leonardo da Vinci, from C2RMF.jpg. Originally C2RMF: Galerie de tableaux en très haute définition: image page, Publiek domein, Koppeling

『モナ・リザ』 約1503-1517年 ポプラ版に油彩 77 × 53cm

世界で最も有名な絵画、そして世界で最も高額な絵画とも言われる『モナ・リザ』です。パリのルーブル美術館所蔵ですが、フランスの国有財産となっている作品です。(ちなみに唯一『最後の晩餐』だけが「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」として修道院ごと世界遺産に登録されています。)
1911年にルーブル美術館で一度盗難にあったことがあることでも有名。犯人はその2年後、イタリアの美術館に転売しようとしたところで捕まったとか。
1962年の保険金は$100 million(約100億円)。現代に換算すると、約8倍くらいの価値があるとかないとか。(この価値計算ですら諸説あるので、とんでもなく高いなくらいに思っておきましょう)非常に状態保存が難しいことと、一度盗難があり、その後も何度も事件が起きたことから、ルーブルでは大きな防弾ガラスのケースに入れられており、接近して直接間近で見ることはできません。盗作やレプリカも多いことから、ルーブルに飾られているのは実は偽物(贋作)で、だからあまり接近して見せられないためである、とかいう都市伝説も。

モナMonnaとはイタリア語でマドンナMa donnaを省略した言葉で、マイ・レディ みたいなことのようです。なので外から見た場合は「リザ奥さん」といったような意味合いになるそうです。

この『モナ・リザ』はそれはもういろんなところでいろんな内容で研究がたっくさんされています。よって細部に渡り、本当にたくさんの諸説があります。なのではっきりと正しいことはあまりお伝えできません。制作年も一応1503-1517年とされていますが、様々な研究結果があります。実際に10数年かけてレオナルドが描いたと言う人もいれば、4年で描いたと言う人もいます。モデルはフランチェスコ・デル・ジョコンドの奥さんのリザさんという説が有力です。1503年に彼らに生まれた次男の誕生祝いと引っ越し祝いに依頼されたという説があります。このモナリザのタイトルは別名『ラ・ジョコンダ』 確かにレオナルドがリザ・デル・ジョコンドという女性の肖像画を描いていたという記録は残っているらしいのですが、それがルーブル美術館にあるあの作品と一致しているのかは断言できないそうです。同じモチーフで描かれたその肖像画は少なくとも4点存在するそうです。

背景はこの時代の西洋絵画では珍しい空気遠近法が使用されており、ぼんやりと霞んだ背景で奥行きが表現されています。輪郭線を描かずに指で何度も何度もぼかしながら描く、レオナルドのフスマート技法が、モデルの柔らかな肌の質感と表情を作っています。レオナルドの研究が完成されつつあるような、そんな印象を受ける作品です。

 

というように、当初予定していたより非常に長くなってしまいましたが、ルネサンス、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの解説でした。美術史の本を読みながら加筆していったので、大きな間違いはないと思いたいのですが…
あまり深くはつっこまずにざっくりとした説明を書きましたがいかがでしたでしょうか。このボリュームで残りの作品を全部解説するのか…?と悩んでいますが。自分で説明できるくらい、自分の知識を言語化してもう一度勉強し直したりして、自分にとってもとても勉強になるのでこれからも頑張って続けていけたらなと思います。

 

Masaki Hagino
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【あつ森】海外在住現代アーティストがつねきちの美術品を解説してみた – part1 http://mskham.com/2020/04/28/post-430/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-430 http://mskham.com/2020/04/28/post-430/#respond Mon, 27 Apr 2020 18:11:04 +0000 http://mskham.com/?p=430

コロナで自粛モードの中、日本だけではなく世界中で流行っているNintedo Switchのゲーム「あつまれどうぶつの森」(Animal Crossing: New Horizons)。私も少しずつやり始めたのですが、先日のアップデートで美術品を集めることができるようになりました。ダヴィンチ、ボティッツェリを始め、印象派の作品などなど、高解像度の作品画像がゲーム内に登場し、それを集めて、島内の美術館を発展させていくというものです。多くの方が美術作品に触れる機会だと思うので、今回はおそらく何回かに分けて、ゲーム内に登場する美術作品を、美術史的にしっかりと解説していこうと思います。ただ彫刻作品と、日本美術史には疎いので、西洋絵画に絞って解説をしていきます。
これを機に美術の面白さを知ってもらえたり、美術史の勉強のきっかけになればなと思います。

(この記事はゲーム内のネタバレを多く含みます。どの作品が出てくるのか楽しみにされている方はご注意ください。そしてゲーム攻略についての質問等は受け付けておりません。あらかじめご了承ください。)

ちなみに、画像サイトGettyも少し前に、世界の美術作品の画像をゲーム内に取り込めるサービスを始めているので、興味のある方はどうぞ(http://blogs.getty.edu/iris/how-to-build-an-art-museum-in-animal-crossing/#instruction

 

ゲーム内に登場する作品のリスト

様々な攻略サイトでいろいろ情報が出回っているので、それを参考にしながら美術品のリストを作ってみました。4/27現在でゲーム内に登場するとされている作品は以下の通りです。彫刻作品等含めると、全43種類!だそうですが、絵画だけだと30作品です。ここではざっくりと年代別に分けておきました。年代が正確にわかっていない作品もあるので、それは個別に解説すると思います。

15世紀
ヴィーナスの誕生』1485年頃- Sandro Botticelli (サンドロ・ボティッツェリ) (きれいなめいが)
ウィトルウィウス的人体図』1487年頃 -Leonardo da Vinci (レオナルド・ダ・ヴィンチ) (アカデミックな絵画)
白貂を抱く貴婦人(しろてんをだくきふじん)』1490年頃 - Leonardo da Vinci (レオナルド・ダ・ヴィンチ) (たおやかなめいが)

16世紀
モナ・リザ』1503年頃- Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ) (ゆうめいなめいが)
雪中の狩人』1565年- Pieter Bruegel de Oude(ピーテル・ブリューゲル) (みごとなめいが)
四季 夏』1573年 – Giuseppe Arcimboldo(ジュゼッペ・アルチンボルド) (おもしろいめいが)

17世紀
夜警』1642年頃- Rembrandt van Rijn (レンブラント・ファン・レイン) (すごいめいが)
ラス・メニーナス』1656年 – Diego Velázquez (ディエゴ・ベラスケス) (おごそかなめいが)
牛乳を注ぐ女性』1657年頃 – Johannes Vermeer(ヨハネス・フェルメール) (おちついためいが)
真珠の耳飾りの少女』1665年- Johannes Vermeer (ヨハネス・フェルメール) (すてきなめいが)

18世紀
青衣の少年』1770年 - Thomas Gainsborough(トーマス・ゲインズバラ)(いさましいめいが)

19世紀
着衣のマハ』1800年頃 – フランシスコ・デ・ゴヤ(いいかんじのめいが)
民衆を導く自由の女神』1830年- Eugène Delacroix(ウジェーヌ・ドラクロワ) (かちのあるめいが)
戦艦テメレール号』1839年- Joseph Mallord William Turner (ウィリアム・ターナー) (ひかりのめいが)
種まく人』1850年- Jean-François Millet (ジャン=フランソワ・ミレー)(ちからづよいめいが)
オフィーリア』1851年頃 – John Everett Millais(ジョン・エヴァレット・ミレー) (しずみゆくめいが)
グランド・ジャット島の日曜日の午後』1855年頃- Georges Seurat(ジョルジュ・スーラ) (おだやかなめいが)
落穂拾い』1857年- Jean-François Mille (ジャン=フランソワ・ミレー) (よくみるめいが)
笛を吹く少年』1866年 -Édouard Manet(エドゥアール・マネ) (いいめいが)
死の島』1880-86年頃 – Arnold Böcklin(アルノルト・ベックリン) (なぞめいためいが)
フォリー・ベルジェールのバー』1882年 – Édouard Manet(エドゥアール・マネ) (にぎやかなめいが)
ひまわり(4作品目15本)』1888年 – Vincent Willem van Gogh (ヴィンセント・ファン・ゴッホ) (たぐいまれなるめいが)
星月夜』1889年- Vincent Willem van Gogh (ヴィンセント・ファン・ゴッホ) (またたくめいが)
リンゴとオレンジ』1899年 - Paul Cézanne (ポール・セザンヌ) (すばらしいめいが)

 

日本画
風神雷神図屏風(ふうじんらいじんずびょうぶ)』江戸時代初期1630年頃 – 俵屋宗達 (たわらやそうたつ)(あらぶるめいが左・右)
見返り美人図』元禄(1688〜1704年)前期 – 菱川師宣(ひしかわもろのぶ) (しなやかなめいが)
紫陽花双鶏図(あじさい そうけいず』 – 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう) (ちみつなめいが) (「動植綵絵」では無い方。宝暦九年(1759)頃だと考えられる。)

三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』(さんせいおおたにおにじのやっこえどべえ)寛政6年1794年- 東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく) (いなせなめいが)
富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』天保元年1830年頃 – 葛飾北斎(かつしかほくさい (いきなめいが)
(え…これ全部解説するの… と思い始めている。)
以上30点(風神雷神が2つに分かれています)です。年代と、名前の英語名を付け加えてリストを作っていたら結構時間がかかってしまいました。
私がこれまでの研究で多少の知識があるのが、17-19世紀くらいなので、とりあえずそこの年代の絵画から始めていこうと思います。上でも説明しましたが、日本画には詳しく無いので飛ばします、すみません。
思ったより時間がかかってしまったので、今日はここまでにして明日から解説を進めていこうと思います。といっても何もなしじゃこの記事、申し訳ないので
ミレーの『落穂拾い』については、別記事(何がアートで、何がそうじゃないかの話 part 1)ですでに一度解説をしていたので、抜粋して下に。少し絵の解説以外の内容も入っているので、気になる方は別記事の方もご覧ください。

ミレーの『落穂拾い』についての解説

Des glaneuses (1857)
Jean-François Millet(1814-1875)

 

これは皆さんも知っているミレーの『落穂拾い』です。これを美術史学的に見ていくとこういったことになります。
19世紀は写実派(レアリズム)の時代でした。その中の一つとしてバルビゾン派があります。それまでの風景絵画は、キリスト教会が中心だった際は、宗教絵画。貴族が力をつけたら貴族絵画という背景に使われていました。またロマン派では、戦争を舞台にした人々の感情だったり、大自然との対比だったりと、非日常の世界と感情に目を向けたものでした。そう言ったこれまでの題材ではなく、「もっと身近な自然を描こう」と言った時代です。(アンチテーゼの部分ですね)
特にミレーたちバルビゾン派と呼ばれる人々は、バルビゾンという村に身を置いて、その地域の貧しい農民たちや、森の風景に目を向けました。技術的なことをさらに付け加えると、これまで油絵の具は、顔料を砕いて油で溶いて…という大掛かりな作業が必要で、外でスケッチをして、アトリエで本制作することが当たり前でしたが、1841年頃にチューブ絵の具が発明されたことによって、画家たちが外でイーゼルを立てて、そのまま油絵を描けるようになったことも忘れてはいけません。この作品は3人の貧しい農民女性を描いていますが、やわらかい背景の描き込みや、平行線で描かれた構図によって、三人がふわっと浮き出るような、絵画としての技術の高さも見て取れます。内容としては、聖書の内容も含まれているとされています。この女性たちは忙しく農作業をしているわけではなく、農民よりもさらに貧しい人々で、刈り入れが終わって残った落穂を拾わせてもらっている女性たちです。つまり、貴族たちから見たら農民は貧しい人々でしょうが、この女性たちはさらに貧しい女性たちでした。
このバルビゾン派は、”写実的に絵を描く”という技法的な部分だけではなく、貴族たちは知る由もない世界でこんなにもたくさんいる農民 たちの現実という”意味の写実性”を捉えたということです。もちろんこの作品は後に、パリの王立絵画彫刻アカデミーが開くサロン・ド・パリに出展しますが、貧しい人々描く絵画を受け入れられず大批判を受けます。

 

話を戻しながら例に沿って進めていきます。この有名な絵画の、どこに史学的価値があるかを確認していきましょう。特にアンチテーゼの部分が重要ですね。風景というものはそれまでは、あまり主題となることはその時代まではありませんでした。例えばルネサンスなどの宗教絵画では、神がどこにいるのかを示すためだったりするもので、背景には背景として、風景に意味がありました。ですがバルビゾン派ではミレーやコローの作品など、風景を風景として捉えた初めての作品でした。
さらに上でも書きましたが、技法的に写実的に描くという部分よりも、誇張表現が多く含まれていたファンタジーに近いような貴族絵画や、非日常の一瞬や感情を取り込んだロマン派絵画ではなく、一般農民のありのままの世界を描いたという”意味の写実性”を捉えたことなによりも新しいことでした。
写実主義とはもちろん写実的に対象を描くということも含まれていますが、それは新古典主義の方に見られたことです。それよりも、中身の意味としての写実性に注目をしました。今まで避けていた部分の描写などが特にそうですね。(貴族に対しての農民や、クールベのL’origine du monde (世界の起源)という作品では、女性の股間部分を切り取った絵画でした。)

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美術史勉強のためのオススメの本 http://mskham.com/2020/04/24/post-421/?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=post-421 http://mskham.com/2020/04/24/post-421/#respond Fri, 24 Apr 2020 14:56:14 +0000 http://mskham.com/?p=421

 

先日ご質問を頂きました。
「美術史を勉強する際に、オススメの入門書籍はありますか?」ということでしたので
オススメの本をいくつかご紹介します!

 

美術史を学ぶことの大切さ

まずはじめに、このブログではかなり重複する内容ではありますが、現代アートを作る・生み出す側の人間がどうして美術史を勉強する必要があるのかということ簡単に説明します。いくつかこれについては詳しく説明している記事があるので、過去記事をご一読頂くとわかりやすいかと思います。アートとはなんなのか?というよくある疑問で、私はこのブログではアートとは「学術的価値がある」必要があると何度も書いてきました。技法などに特化していくと、伝統作品との区別がつかなくなります。そしてよくある感情などを反映させた作品なども、すでに過去にそういう時代は過ぎ去っています。
世の中で「アート」とされるものには大きく分けて2種類あります。ひとつは「伝統的なことを紡いでいく」ものと、「新しいものを創っていく」ものです。前者は例えばクラシック音楽とか、バレエとか、日本画などなど。後者はコンテンポラリー○○(現代アート)というような名前がつくものですね。このブログで重要なのは後者において、何を「新しい」とするかということです。これは逆をいうと、新しくないものを創った場合、現代アートはその価値を失うということです。砕けていうと、「パクリ(模倣)作品はタブー」ということです。ネット社会の現代、真似とかパクリっていうのはすぐ見つかってしまうのでさらに危険ですね。

では何を新しいとするのかということに話を戻しますが、これも簡単にいうと「過去を全部知った上で、それと被らなかったら全部新しいものです。」温故知新ということです。美術の世界で言えば、美術史を知らないと、評価されうるアート作品は作れないということです。これは表面的な新しさではなくて、作品の中身の部分だと思ってください。技法だけでも新しさがあればいいのかと言われることがありますが、クリエイティビティすべてがアートということではないので、またそれは別の議論かなと思います。

ということで、評価されうる美術作品を作るためには、美術史を知った上で新しいものを創っていくことが大切だということです。日本の美大生は基本的に美術史の授業に力を注いでいない傾向にあると思うので(私もそうだったので)、これを機に心を入れ替えて頑張りましょう。(課題に追われて、徹夜続きで、座学は睡眠を確保するための授業とかはナシの方向で)

 

美術史をどう捉えて勉強するか

美術史はもちろんこれまでの美術の歴史にまつわる学問です。本の中にも2種類あって、「歴史の流れを総まとめした本」と、「一つのテーマにおいてさらに詳しく調べた本」があります。後者は、例えば「印象派」のみの本だったり、画集だったり、「ゴッホの人生」を細かく追った本だったり。「人物画」のみにフォーカスを当てて様々な年代のマイナーな画家とかも含めて紹介する本だったり。美術は学問ですので、美術史学者がいて、大学の学科もあって、研究が今もなおされています。ですのでいろんな研究テーマで論文や書籍が販売されています。
ですが今回は「美術史入門」のオススメの本なので、私は前者の「歴史の流れを総まとめした本」をオススメします。

もしこのブログを読んで、美術史を勉強しようと思ってくださった方に説明をすると、上で書いたことに繋がるのですが、美術史を勉強する際には全ての流れを正しく認識することが大切だと思います。そうじゃないと何が新しくて、何が古くて、なんで今この現代で「自分の感情を表現した」作品が(日本以外で)評価されないのかイマイチぴんとこないと思います。どの過去の作品も、「その時代に作ったから」こそ評価されました。そしてどの時代もアンチテーゼ、つまり前の時代や風潮を否定することで新しい流れが生まれてきました。つまり作家や作品一つに目を向けるのではなくて、その前後を知る必要が出てきます。なので結果的に美術史全体を知って、どういう流れで2020年の美術が存在しているのかを知って、考える必要があります。

そして正しく理解して、それぞれの作品についての評価を自分の言葉で「言語化」して整理できるのが大切だと思います。自分の力で評論できるようになることが、自分の作品をよくできる近道だと思います。最終的に自分の作品が、どういう理由で、美術史の中でどういう新しい価値があるのかということまで、言語化できるようになることを目的として勉強、制作すると良いと思います。

世界中で評価されている、至極の一冊

The Story of Art. London: Phaidon 1950 – Ernst H. Gombrich (日本のアマゾンで英語版)(上記の画像のPHAIDONページ
Wikipediaによりますと、20以上の言語に翻訳され、世界中で数百万部も売られている美術史の本です。わずか400あまりの作品の画像ですが、それにまつわる解説が細かくわかりやすく説明されています。おそらく美術関係者でこの本を知らない人はいないと思うくらい、世界中で有名な本です。wikipediaによると日本語版もあるので探してみてください。(ほんの少し探してみたんですが、英語版しか出てこなかったので)改訂もされて2つの出版社から出ているようです。私はドイツ語版しか持っていないのですが、著者はオーストリア出身のようで、英語が母国語ではないため、(原本なのかな)英語版も難し言い回しが少なく、非常に読みやすいという話です。画像の本はポケットエディションで、もう少し大きめの本もあります。(この記事を書いてる最中ですが、今英語版を買ってしまいました…)下に紹介する本より、学術書っぽく本当に勉強に適している本だと思います。

 

大きな作品の画像と細かな解説が特徴の一冊

Art: The Whole Story – Stephen Farthing (日本語版-Amazon 世界アート鑑賞図鑑)

こちらの本も同じように世界中で翻訳されていて、有名な本です。ドイツ語版のこの本の改訂版のようなバージョンを持っていますが、非常にわかりやすく、なにより簡単だと思います。同じように美術史を洞窟絵画から現代アートまで網羅しており、500ページに渡り1000点以上の画像で細かく説明してくれています。特質すべき点は、全ての時代におけるだいたい有名な作家、作品をずらっと網羅している点です。そしてほぼすべてが見開き1ページで完結しています。上の画像のように、ドラクロワならこれ!っていう作品が紹介されて、左ページがその作品の概要、右ページは4つのクローズアップで、作品に描かれている内容の説明や技法について、そして作家の人生が完結に書かれています。ほぼ全ての時代に数人ずつ作家がピックアップされており、その作家の代表作がこのような形式で解説されていきます。入門書にはぴったりな本かなと思います。

 

美術書は基本的に少し値が張りますが、どちらの本もこれさえあれば基礎知識はバッチリ!というような本なので、本当にオススメです。全体的な流れをしっかりと勉強するのであれば、1冊目の方をオススメします。歴史的な流れという点において、2冊目は少し断片的に説明がなされて(見開きで完結なので)いますが、各画家、各作品の基礎知識をさっと知るにはかなりの情報量だと思います。

ちなみにですが別にアフィリエイトとかを組んでいるわけでもなければ、提供でもなんでもないので、私に一切収益がないので、気にせずご購入を検討されてください。

このような記事が好評だったら、どんな本を他に読んでいるかなど、別記事でまたご紹介できればなと思います。その他なにかリスクエストや質問があれば、コメント欄にぜひお願いします。

Masaki Hagino
Web: http://masakihagino.com
Instagram: @masakihagino_art
twitter: @masakihaginoart
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